楊令伝 十三
  青冥の章(せいめいのしょう)

楊令率いる梁山泊は北京大名府を占領し、自由市場を開く。
だが、同氏の中からは、天下を取るべきだという声も上がり始めていた。
金国の傀儡国家・斉は、扈成が宰相となり、都を開封府へと移して勢力を広げる。
北京大名府を離れた張俊は、扈成と結んで斉軍に加わった。
一方、金国は、中原の岳飛を討つべく、蕭珪材軍を出動させた。
蕭珪材は護国の剣を佩き、戦場へと向かう。
楊令伝、相克の第十三巻。

青冥の章 目次
 天立の夢
 地数の光
 地短の光
 地煞の光
 天敗の夢
  天立の夢

軍営に、隙がない。
梁山泊軍は、どこもそうだった。
ただ、指揮官によって、微妙な違いが出る。
花飛麟は峻烈で、兵もみんな緊張感を湛えている。
呼延凌は細かいことに無頓着で、のんびりしている兵もよく見かける。
ここの軍営の雰囲気は、また独特だった。
規律の中で、兵たちは暮している、という感じがあるのだ。
営舎は質素で、屋根と壁があるだけで、床はない。
兵たちの寝台は、三段である。
ここだけ手を抜かれているというのではなく、韓伯竜がそれを望んだのだと、大工の劉策に聞かされた。
本営の前で、韓伯竜が直立して迎えていた。
楊令は、黒騎兵に下馬を命じた。
「こちらに何か?」
韓伯竜は、主として梁山泊の北側の守備についている。
河水の通運を守るためには、ここに拠点が必要だった。
ただ、留守部隊を置いての出動の態勢は、いつでも整っているはずだ。
河水の両岸には、呂皖が、三十基ずつの砲台を据えた。
移動はできないが、射角の調整はかなりのところまで可能で、北の守りは厚みを増した。
「北は、おまえに任せっきりにしてきたが、たまには話でもしようと思って、立ち寄った」
「そうですか。こんな営舎ですが、数百名は泊まれます。秣の用意もあります。」
楊令がなんのためにここへ来たか、韓伯竜には見当がついていうようだった。
このところ、韓伯竜に謀反の噂がある。
それは根強く、繰り返し流されているという感じがあった。
建国されて間もない斉から、軍の中心として加われ、という誘いも現実にあるようだ。
斉は敵というわけではないが、韓伯竜を誘うのは裏切りに等しく、強硬に抗議すべきだという意見も、聚義庁にはあった。
楊令はそれを、放ったままにしておいた。
問題にするとそのものが、韓伯竜を疑っている、ということになる。
「この間、秦容の軍が、一里ほどのところに三日ばかり野営をしていました。
無理をすればここに泊まれる、と伝えたのですが」
「おまえを見張るために、秦容はそこにいたわけではない」
秦容の位置は、聚義庁で決められている。
それは、韓伯竜も知っているので、聚義庁に見張りを命じられている、と考えても不思議ではなかった。
「ゆっくり話そう、韓伯竜」
「楊令殿が来られたのも、やはり」
「聚義庁は、俺の居場所くらいは知っているさ。
しかし、聚義庁の考えで、俺はここへ来たわけではない」
「兵は緊張しています。黒騎兵を補足した時から、みんな固唾を呑んでいます」
それも、仕方がなかった。
秦容の知らないところで、かなり調べられたりはしているはずだ。
楊令は、従者の欧元に雷光の手綱を渡し、本営に入った。

(…この続きは本書にてどうぞ)

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