楊令伝 九
遥光の章(ようこうのしょう)
歴戦の同志を失いながらも、梁山泊軍は、童貫軍と全力あげてのぶつかり合いを続けている。
乱戦の中、戦場の中央に陣取る郭盛軍は少しずつ前進を始めた。
童貫は『幻』の旗に向かい、岳飛は楊令軍を止めるべく疾走する。
一方、金軍は宋領深く南下し、青連寺は北の大商人たちの財産接収を始めていた。
ついに楊令と童貫とが戦場で邂逅する。
楊令伝、圧巻の第九巻。
遥光の章 目次
天雄の夢
地伏の光
地察の光
地正の光
地遂の光
遥光の章(ようこうのしょう)
歴戦の同志を失いながらも、梁山泊軍は、童貫軍と全力あげてのぶつかり合いを続けている。
乱戦の中、戦場の中央に陣取る郭盛軍は少しずつ前進を始めた。
童貫は『幻』の旗に向かい、岳飛は楊令軍を止めるべく疾走する。
一方、金軍は宋領深く南下し、青連寺は北の大商人たちの財産接収を始めていた。
ついに楊令と童貫とが戦場で邂逅する。
楊令伝、圧巻の第九巻。
遥光の章 目次
天雄の夢
地伏の光
地察の光
地正の光
地遂の光
天雄の夢
月の光。
無人の原野。
激しいものは、なにもなかった。
こみあげるのは、生きることの悲しみとしか思えない感情だった。
見張櫓の上だ。
賽の中に人の動きはあるが、兵はいない。
見張りの兵さえ、どこにもいない。
致死軍が入っているようだが、その姿が宣賛に見えたこともなかった。
梯子を登る気配があり、呉用が姿を現した。
並んで立ち、覆面を取る。
ここに二人きりで立つのは三度目で、お互いに覆面はしなかった。
「緑衣を、十人は連れていろ、と言ったのに」
宣賛は、呟いた。
張清が、緑の套衣を周囲に着けさせていたことはあるが、宣賛のその勧めは、しばしば無視されていた。
もともと、そういうことを、喜んでやるような男ではない。
「棗強を奪ろうというのは、やはり無理があったか」
呉用の声は、闇の中で冴えてよく透った。
「いまさら言っても、仕方がないが」
「私は、自分の言葉が多すぎたのだ、と思いますよ。
呉用殿の判断さえ、狂わせるような言い方をした、という気がします」
「お前の言葉で、私は判断したわけではないが」
宋禁軍、いや童貫軍とのぶつかり合いで、一挙に決着に持ちこむ方法が、棗強の奪取だった。
それにより、童貫軍の兵糧は切れる。
数日、全軍で攻勢をかけ、それで決まらなければ撤退、というところに童貫軍を追いこめたのだ。
しかし、棗強の城壁に、手さえかからなかった。
「最も犠牲の少ない方法だと、おまえが考えに考えたことではないか」
「楊令殿は、梁山泊軍と童貫軍の、単純な対峙のかたちを、はじめから望んでいたのです。
そしていま、実際にそうなった。
今の状態で、張清がいれば、と痛切に思います」
棗強奪取の作戦について、楊令や史進は知っていた。
しかし、あそこに土塁を築いた陶宋旺でさえ、なんのためかは知らなかった。
劉譲軍二万が、張清を狙い撃ちにしてきた。
張清は、騎馬隊二千五百と、歩兵三千でそれに対抗した。
三千の歩兵は、土塁の守備に取られたのだ。
歩兵は何度も蹴散らされ、騎馬も少しずつ数を減らしていった。
時々、史進の援護が入ったとはいえ、張清はひとりで劉譲を引き受けながら、同時に土塁も守った。
最後は、史進が郭盛の援護に回り、張清を劉譲と岳飛の騎馬隊が囲んだ。
そういうかたちが作られ、張清が討たれるまで、わずかの間だった。
史進も、楊令も間に合わなかった。
棗強奪取の作戦が、童貫に読まれていた。
そして周到に、張清を討つ準備がなされた。
いまは、そうとしか思えない。
「ここから見る原野は、静かなものだな」
「ふり返ることに、大した意味はありませんね、呉用殿」
「二度死んだ男に、そんなことは言うな、宣賛」
ここに賽を築いてから、宣賛は細かいことを言い続けてきた。
軍人連中が、うるさがっているのはわかっていた。
実践について口出しした時など、露骨に嫌な顔をした。
(…この続きは本書にてどうぞ)
月の光。
無人の原野。
激しいものは、なにもなかった。
こみあげるのは、生きることの悲しみとしか思えない感情だった。
見張櫓の上だ。
賽の中に人の動きはあるが、兵はいない。
見張りの兵さえ、どこにもいない。
致死軍が入っているようだが、その姿が宣賛に見えたこともなかった。
梯子を登る気配があり、呉用が姿を現した。
並んで立ち、覆面を取る。
ここに二人きりで立つのは三度目で、お互いに覆面はしなかった。
「緑衣を、十人は連れていろ、と言ったのに」
宣賛は、呟いた。
張清が、緑の套衣を周囲に着けさせていたことはあるが、宣賛のその勧めは、しばしば無視されていた。
もともと、そういうことを、喜んでやるような男ではない。
「棗強を奪ろうというのは、やはり無理があったか」
呉用の声は、闇の中で冴えてよく透った。
「いまさら言っても、仕方がないが」
「私は、自分の言葉が多すぎたのだ、と思いますよ。
呉用殿の判断さえ、狂わせるような言い方をした、という気がします」
「お前の言葉で、私は判断したわけではないが」
宋禁軍、いや童貫軍とのぶつかり合いで、一挙に決着に持ちこむ方法が、棗強の奪取だった。
それにより、童貫軍の兵糧は切れる。
数日、全軍で攻勢をかけ、それで決まらなければ撤退、というところに童貫軍を追いこめたのだ。
しかし、棗強の城壁に、手さえかからなかった。
「最も犠牲の少ない方法だと、おまえが考えに考えたことではないか」
「楊令殿は、梁山泊軍と童貫軍の、単純な対峙のかたちを、はじめから望んでいたのです。
そしていま、実際にそうなった。
今の状態で、張清がいれば、と痛切に思います」
棗強奪取の作戦について、楊令や史進は知っていた。
しかし、あそこに土塁を築いた陶宋旺でさえ、なんのためかは知らなかった。
劉譲軍二万が、張清を狙い撃ちにしてきた。
張清は、騎馬隊二千五百と、歩兵三千でそれに対抗した。
三千の歩兵は、土塁の守備に取られたのだ。
歩兵は何度も蹴散らされ、騎馬も少しずつ数を減らしていった。
時々、史進の援護が入ったとはいえ、張清はひとりで劉譲を引き受けながら、同時に土塁も守った。
最後は、史進が郭盛の援護に回り、張清を劉譲と岳飛の騎馬隊が囲んだ。
そういうかたちが作られ、張清が討たれるまで、わずかの間だった。
史進も、楊令も間に合わなかった。
棗強奪取の作戦が、童貫に読まれていた。
そして周到に、張清を討つ準備がなされた。
いまは、そうとしか思えない。
「ここから見る原野は、静かなものだな」
「ふり返ることに、大した意味はありませんね、呉用殿」
「二度死んだ男に、そんなことは言うな、宣賛」
ここに賽を築いてから、宣賛は細かいことを言い続けてきた。
軍人連中が、うるさがっているのはわかっていた。
実践について口出しした時など、露骨に嫌な顔をした。
(…この続きは本書にてどうぞ)