楊令伝 五
  猩紅の章(しょうこうのしょう)

推戴した帝が暗殺され、聞燗章の燕建国の野望は半ばにして潰えた。
燕軍は瓦解し、北の戦線は終熄する。
梁山泊軍は、楊令の作戦によって河水沿いの地域を一気に制圧した。
一方、江南では宋軍による方臘信徒の殺戮が凄惨を極めている。
しかし度人の声はなお熄まず、呉用は決死の覚悟で勝利のための秘策を練る。
方臘自らが前線に立ち、ついに童貫軍と最後の決戦が始まった。
楊令伝、狂瀾の第5巻。

猩紅の章 目次
 天英の夢
 地狂の光
 地魔の光
 天空の夢
 地威の光
  天英の夢

梁山泊軍の、出金がはじまった。
呼延灼は、梁山泊南二十里の原野に、史進の遊撃隊とともに展開した。
燕京を攻撃している趙安の軍が、いつ引き返してくるかわからない、という情況だった。
そういう微妙な時機を、宣賛は選んだのだ。
実に大胆な作戦だった。
東光と清河という、二つの城郭を奪う。
清河は河水の分流地点に位置し、そこから二本の河が北東にむかって流れていた。
潼河と永済渠という運河である。
それは東光でひとつになり、また河水に流れ込む。
二本の河に狭まれた地帯は、細長く南北にのびている。
狭いところでは幅は十里に満たず、広いところでようやく五十里というところだ。
ただ、清河から東光までは、二百四十里ある。
その地域を、まず奪ることになった。
東光の近辺には、楊令軍一万騎が南下してくることになっている。
楊令軍一万の到着が、攻撃開始の合図だった。
東光は、張清の軍が攻める。
青河は、馬麟、花飛麟、鮑旭、郭盛、扈三娘の軍、一万二千が攻め、それに重装備部隊として旧遼の城郭の攻撃に当たっていた、李媛の部隊が加わる。
とりあえず、梁山泊にいる総勢が、出動しているのだ。
しかしこれは第一段階の作戦で、年が明けるとすぐに、水軍を加えた第二の作戦がはじまる。
「地図を眺めていても、俺はそこまで思いつかなかった」
史進は、赤騎兵だけを連れてしばしば移動し、呼延灼の本陣にもよくやってきた。
細長い地域を奪ったあと、さらに西を流れている河水まで奪る。
それが、第二段の作戦だった。
それで奪った地域は、十分にひとつの州に匹敵する広さがあり、梁山泊はほぼその中央になるのだった。
「北で駆け回っていて、よくこういう作戦を思いついたものだと、宣賛は呆れていた」
楊令が、頭領として指示してきた作戦で、水軍の力も十二分に生かせるものだった。
「ほんとうなら、宣賛が考えるべきことだろうが」
「宣賛は、梁山泊のそばの将陵を奪る、ということを考えたぐらいだ、史進」
「それは、呉用殿が鄆城や済州でやったことではないか」
「宣賛は、考えることの規模が違いすぎる、と言っていた。
離れていたから、かえってよく見えた、という気もするな」
「確かにな。楊令殿の頭がどうなっているのか、俺にはわからんが」
「おまえ、自分の頭と較べるな、九紋竜」
「なんだと」
「俺はもう、そうすることをやめたよ」
「やめたというのは、それまで較べていたということか、双鞭?」
「まあな。俺は、おまえよりはましな頭を持っている、と思っていた」
「持っていないということを、思い知ったか、双鞭」
「おまえ、豹子頭に似てきたなあ、史進」
「おい、その名は出すなよ。そのあたりから、ぬっと現れそうな気がする」
思わず、呼延灼は周囲を見回し、それから苦笑した。
梁山泊を築く以外に、作戦らしい作戦はなかった。

(…この続きは本書にてどうぞ)

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