楊令伝 一
  玄旗の章(げんきのしょう)

梁山泊炎上から3年
宋との戦いに敗れた漢たちは各地に潜伏し、再起の秋を待ち続けた
燕青は、梁山湖に沈められていた軍資金の銀を引き上げる
呼延灼、張青、史進は各地で流浪の軍を組織していた
青連寺による残党狩りが熾烈を極めるなか、梁山泊軍には「替天行道」の旗を託された男、
青面獣・楊令の帰還が待ち望まれていた
漢たちの熱き志を刻む「北方水滸伝」の続編

玄旗の章 目次
 天堽の夢
 地闘の光
 地刑の光
 地損の光
 天猛の夢
 地進の光
 地雄の光
  天堽の夢

光が、三つ見えた。
静かな夜で、月はない。
星が散らばった空に、雲がゆっくりと流れているだけだ。
燕青は、舳先に腰を降ろしていた。
水面を渡る風は冷たいが、当たるのを防ごうとは思わなかった。
むしろ、身を切られるのが快よいほどだった。
声は聞こえず、櫓を遣う水音が聞こえるだけだ。
三年たったのだ、と燕青は思った。
長かったのか短かったのかは、わからない。
じっとしていても、闘っていても、歳月は流れる。
前の船で、灯が揺れるのが見えた。
「櫓、止め。後続に合図」
低く、燕青は言った。
前の船が近づく。
船には行き足というものがあり、櫓を止めてもしばらくは止まらないのだ。
前の船と舷を接するあたりで、双方から鉤棒をのばした。
次の船もそうやって鉤棒を遣い、5艘の船がひとつところに集まったかたちになった。
「ここだったな、燕青」
そばの船から、李俊の声がした。
燕青には、よくわからなかった。
岸の三つの灯。
それが場所を教えているという。
確かに、三つの灯と船を結んだ三本の線は、ここで交差していた。
「童猛と張敬が、いま潜って確かめてくる。」
「わかった」
水の中のことは、任せるしかない。
張敬は、浪裏白跳と呼ばれ、水の中では無敵だった張順の、甥である。
二人が、潜った気配があった。
水音は、ほとんど聞こえない。
李俊が、低い声で船のものに何か指示を出している。
水はまだ冷たいだろう、と燕青は思った。
どんなに冷たい水でも、張順は平然と潜っていたものだ。
張敬が、どれぐらい潜れるのかは知らない。
待ち続けた。
時々息継ぎに水面に出てくるだけで、童猛も張敬も一刻近く潜り続けている。
「おう」
李俊の声がした。それから、隣の船の動きが慌ただしくなった。
ひとしきり、何かを引き揚げては、船底に運び込んでいるようだ。
「大したことはなかった。
もっとも、俺ひとりじゃ、どうなったかわかんねえ。
張敬のやつ、張順と同じくらい潜れるようになっている。
動きも早い。
闇でも見える。
これからは、水の中じゃ張敬だな。」
童猛の声だった。
張順は、油が燃えて水面が火に包まれた川の中から、張敬を助けだしてきて死んだ。
流花寨の攻防は激しく、生き残った者の方が少なかったのだ。
「これを挙げちまえば、またもとのように、ひとつにまとまれるのかな、燕青?」
「あからんよ、童猛。ただ、もう揚げなければならなかった」
「そうだな」
「おい、燕青」
李俊の声が、割って入ってきた。

(…この続きは本書にてどうぞ)
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