水滸伝 十八
  乾坤の章(かんこうのしょう)

童貫軍の猛攻撃が始まった。
呼延灼は秘策をもってそれを迎え撃つ。
梁山湖では李俊ひきいる水軍が、巨大な海鰍船と対峙していた。
梁山泊に上陸される危険を背負いながら、幾百の船群に挑む。
一方、二竜山も陥落の危機を迎えていた。
趙安の進攻を一年以上耐え抜いた秦明は、総攻撃を決意する。
楊春、解宝が出撃、そして、青面獣の名を継ぐ楊令が初めて騎馬隊の指揮を取る。
北方水滸、死戦の十八巻。


乾坤の章 目次
 天敗の星
 地獣の星
 地速の星
 天哭の星
 地奴の星
 地平の星
 地角の星
天敗の星

汴口から出た巨大船二十艘が、開封府のそばから五丈河に入った、という情報が届いた。
それを李俊から知らされた阮小七は、しばらく張順と話をした。
「実物を、見てみないことにはな」
大型船と呼ばれているものの、五倍はあるというのが最初の情報だったが、実際は二倍ちょっとというところらしい。
船の大きさは、なにを以て二倍というのかわからない。
長さが二倍あり、幅も二倍あれば、実際には二倍の大きさなどというものでは表わせないほど、巨大なものになる。
「流花寨を突破できるほどのもの、なのかどうかだと思うな、俺は。兄貴は、巨大な船には弱点も多いと言っていた」
「阮小二の船は、確かに官軍のものより速く、そして頑丈だ。特に、海の船を造りはじめてから、そうなっている」
「数よりも質だと兄貴は言っているが、数が役に立つこともある。そこらあたりが、兄貴の考えの狭いところさ」
「そうかな。俺は阮小二が言っていることは、それほど間違っていないと思うが」
童貫の軍は、開封府から北上してきたが、流花寨に接近する前に、陣を敷いていた。
童貫にしてはめずらしく、陣舎も建てたようだ。
いままでは、輜重も連れず、野営の時も幕舎さえ張っていなかった。
聚義庁では、巨大船の船隊が、童貫軍とどういう関係にあるか、探っているようだった。
童貫の直轄軍だと手強くて、そうでなければ弱いのか、と阮小七は思ってしまう。
水の上の戦は、陸の上とはまた違うのだ。
これまでの童貫の戦ぶりを見れば、聚義庁が気にするのはよくわかる。
しかしそれは、陸の上で考えればいいことだ。
水の上では、どれほどの数がいても、官軍の船隊に梁山泊軍は敗れていない。
李俊には、実際に巨大船を見てきたい、という希望は出してあった。
李俊もそのことに反対はしていないが、聚義庁の許可がなかなか下りないのだという。
間者として開封府や河沿いにいる者たちが、克明な絵を送ってきている。
それで充分だ、と聚義庁は考えているようでもあった。
「細かいところまで、実際に俺が潜って調べなけりゃ、巨大船を沈める方法は見つからねえな」
暑い時だけでなく、寒い時もたえず水に入っているからなのか、張順の肌は白く滑らかで、髭の少ない端整な顔を、それがさらに際立たせていた。
「大兄貴に頼むという手もあるが、水に潜れる者がどれぐらいいるかだな」
張順の兄は張横だが、戴宗のことも兄貴とか大兄貴とか呼んだりしている。
公孫勝が負傷し、劉唐が死んだいま、致死軍と飛竜軍は合体し、現場は戴宗がみるというかたちになっていた。
その下に、楊雄と王英がいる。
巨大船二十艘は、ゆっくりと五丈河を下ってきていた。
ただ、一艘一艘の間隔はかなりあり、その間を中型船が十艘単位で動き回っている。
船隊が流花寨にかなり近づいたころ、ようやく指揮系統などがわかってきた。
王丘、梅展という水軍の将軍が二人いて、それぞれ十艘の巨大船を率いている。
童貫直属ではなく、これまであった水軍が動いているということだった。
「造船が葉春、というのが気になるな」
水軍の会議に出てきた、阮小二が言った。
「聞かん名だな」
李俊が言った。
「いままで、中型船などを造っていた職人頭ですよ。この中型船が、意外にいい」
童猛が言い、項充が頷いた。阮小七は、それを知らなかった。
「もうひとつ、石勇が届けてくれた情報があるのだ、李俊。
巨大船の船隊は、高俅の胆煎りで造られた。
童貫はあっさり賛成したようだが、ひとつだけ条件をつけた。
それが、葉春に造船をやらせるということだ」
「ふむ。童貫が認めた職人ということか」
巨大船だからと恐れる必要はないが、童貫が水上の戦にも関心を払っていることは、それでわかった。
「聚義庁では、それを大したことだと考えていない。
聚義庁というより、呉用殿だがな。
宣賛は野営の軍とともにいるし、公孫勝も致死軍に合流したようだし」
「気になるのだな、阮小二。俺は、おまえの言うことを信じるよ。
わかった。張順の、潜水部隊を偵察に出そう。
中型船二艘で、それは阮小七に指揮して貰う」
「いいんですか、二人が抜けても」
童猛が、呟くように言った。全水軍に対して、臨戦態勢をとるように、聚義庁の指令が届いている。
いつ、巨大船の船隊にむかえと、命令が出るかわからない状態なのだ。
「花栄には、俺から話しておく。聚義庁に対しては、すべて俺の命令だったと言っていい」
「わかりました」
張順が言ったので、阮小七も頷いた。
「ここに来て、呉用殿はどこか硬直してきたのかな、李俊。以前は、いろいろな奇策が出てきたものだが」
「もともと、硬直している。晁蓋殿あっての、呉用殿だった、と俺は思っているよ」
呉用は死ね、と言っているように、阮小七には聞えた。
五丈河の溯上をはじめたのは、その日の夜だった。張順の潜水部隊は、十名ずつ二艘に分乗させた。
「海鰍船と言うそうだ、巨大船は。つまり鯨だな。見たことはあるか、阮小七?」
「鯨なら、海にいるのだろう。俺は、梁山湖育ちだからな」
「俺は、何度も見た。でかい魚だぞ。あれを魚と言うならだが。海上に出てきて、すごい潮を吹く。胆が縮むほどだよ」
「大きいのか?」
「大型船より、でかいのがいる。ぶつかって沈んだ船もあるそうだ」
阮小七には、大型船よりも大きな魚というのが、うまく想像できなかった。
船は、四挺櫓で静かに進んでいる。
先頭の海鰍船はすぐ近くで、水辺の葦に隠れるようにして進んだ。
葦の中でも、五丈河については、すべで水路は掴んである。
水上にいる、巨大な影が見えてきた。
「でかいな、やはり」
はじめて動いた時、山のようだと感じた人間の気持が、よくわかった。

(…この続きは本書にてどうぞ)
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