水滸伝 十七
  朱雀の章(すざくのしょう)

童貫と〓美(ほうび)が、怒涛の猛攻を開始した。
董平率いる双頭山が総力を挙げて迎え撃つが、次々と同志は討たれていく。
更なる禁軍の進攻を止めるため、侯健は偽の講話案を進めていた。
巧みに高〓(こうきゅう)を信じさせるが、そこには思わぬ落とし穴が待ち受けている。
一方、致死軍と高廉の軍の決戦が間近に迫っていた。
闇の中で、両者は息を潜め、刃を交える時を待っている。
北方水滸、悲泣の十七巻。


朱雀の章 目次
 天立の星
 地功の星
 天功の星
 地捷の星
 地狂の星
 地損の星
天立の星

平原の城郭が、人を集めるようになった。
これまで、双頭山が攻められるたびに、踏み荒らされた。
このところの平穏な情勢の中で、商人たちの動きが活発になったのだ。
もともと肉屋や妓楼をやっていた曹正は、商人の扱い方がうまい。
流花寨の兵站を担当していたが、宋清が死んだのでこちらへ回されてきた。
副官となった杜興との組み合わせも悪くない、と董平は思っている。
双頭山の兵力は、六千でほぼまとまった。
新たに双頭山に集まった者たちは、ある程度調練をし、二竜山に回す。
二竜山の中にある桃花山が、新兵を本格的に調練する場所だが、双頭山で調練をした兵たちは、わずかの期間で梁山泊本隊に回されることが多いようだ。
六千は二隊に分け、孫立と鮑旭が指揮している。
さらに下級将校が二十数名いて、百から四、五百の兵を動かす。
軍としての双頭山は、ようやく董平が思い描いた精強さに近くなってきていた。
孫立が、変った。
思い切りのいい指揮をするようになったのだ。
北京大名府にいた妻の楽大娘子を、自らの手で殺したと言ってきたので、そのまま聚義庁に報告した。
なにがあったかはわからないが、戦のことだけを考えていたいというのが、董平の正直な気持だった。
双頭山は、孤立しやすい位置にある。
だから、たえず臨戦態勢でいなければならない。
孫立に対しては、聚義庁からはもとのままの大隊長でいるように、という沙汰があっただけだ。
董平は、ほっとした。
三千の軍の指揮となると、やはり人は限られてくる。
孫立は、非凡ではないが、用兵がうまかった。
双頭山の防御は、やはり春風、秋風の両山にあった。
しかしそこに割く兵は、一千ずつで充分である。
残りは野戦で敵を攪乱し、勝機を掴む。
董平は、そういう戦がしたかった。
一昨年の戦でも、野戦になってからは、自分らしい闘い方ができたと思っている。
「妓楼の女が少なすぎる。兵どもは、けだもののようなものだからな」
平原に行っていた杜興が、戻ってきて言った。
杜興が、女を抱くために妓楼に上がるとは思えないが、見ているところは見ているのだろう、と董平は思っていた。
「少ないと、どういうことになるのだ、杜興?」
「女の値が高くなる」
「俺は、女のことに値をつけようとは思っていない」
「馬鹿か、おまえは。
女に値をつけないというのはおまえの勝手だが、行けば値がついていることはわかる。
高い方がいい女が集まると、曹正は言うのだが、あの男も思慮が足りぬからな」
杜興の悪態は、いつものことだった。
ひどいことを言うが、不思議に兵からは嫌われない。
それは、史進の遊撃隊にいた時も同じだったようだ。
「ま、ほとんどの女は、梁山銭で商いをしているので、その点については問題はないのだが」
「商いか」
「そういう言い方が嫌いか、双頭山の総隊長は。
しかし、兵たちにとっては、切実なことなのだぞ。
そんなこともわからぬようでは、ほんとうの戦もわからん。
戦は、人の器量のぶつかり合いと言ってもよいからな」
「器量のぶつかり合いであることは、確かだろうが」
女が身を売ることと、どういう関係があるのだ、と董平は思った。
ただ、口には出さない。もっともらしいことを、杜興は言い募るに決まっていた。
「女のことはそれでいいとしてだ。平原には、人が増えた分、青蓮寺の手の者が紛れこんでいるな」
「それはいい。見つけたら排除するが、あえて捜す必要はない」
それが、聚義庁が出している方針だった。うん城も済州もそうなのだ。
城郭を戦場にしないというのが、はじめからの聚義庁の考えだった。
それでも、城郭で闘わなければならない時もあるだろう。
平原には、守兵が二百いるだけだ。宋軍に攻められた時は、闘わずに引き揚げてくる。
城郭にいるのは、民だけということだ。
それは宋の民なのか、それとも梁山泊の民なのか。
その問いに、呉用は民は民という答を出すだろう。
「戦が、はじまりそうな気がする」

(…この続きは本書にてどうぞ)
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