水滸伝 十三
  白虎の章(びゃっこのしょう)

官は十万以上の兵で、梁山泊への進攻を開始した。
流花寨には趙安の軍が押し寄せ、呼延灼、関勝、穆弘がそれを迎え撃つ。
呉用は流花寨の防衛に執心するが、官の狙いは別の所にあった。
董万の大軍が息を潜め、急襲の秋を待っている。
一方、孔明と童猛は官の造船所の襲撃を計画した。
強固な防備の中、百名の寡兵で潜入を試みる。
そして、ついに董万が疾風の如く動き出した。
北方水滸、決死の十三巻。


白虎の章 目次
 天剣の星
 地祐の星
 地僻の星
 地飛の星
 地退の星
天剣の星

まだ雪解けまでには間がある、寒い季節だった。
一年の内で、この時季と夏の盛りが、最も水量が少ない。
川だけでなく、梁山湖の水もやはりいくらか減る。
阮小二は、慎重に軍船を進めた。
河水は、しばしば流れが変る。
洪水などのためだ。
ひどい時は、百里以上も本流が動いたりする。
しかし、かつて水が流れていた場所には湿地が残り、それほど広くなくても流れが続いているところもあった。
北京大名府と梁山湖を結ぶ水路は、曲がりくねり、なんとか河水に達するというかたちで開かれていた。
平底の小型の輸送船が、ようやく通れるぐらいだ。
平底ではない軍船は、数カ所で遮られた。
それを、流れを半分塞き止めることで、深くしたのだ。
水が多く強く流れ、川底が抉られて深くなった。
中型の軍船であろうと、北京大名府に直行できるというのは大事だった。
梁山湖と開封府は、五丈河で結ばれていて、大型の船を動かせる。
この七年ほど、阮小二は船のことばかりを考えてきた。
水軍というかたちでは、何人かが本気で取り組み、末弟の阮小七もそのひとりだった。
ただ、船を造ろうとだけしてきたのは、自分ひとりだったと言っていい。
梁山湖で使う漁船を何艘か造ったことがあったし、長江で荷を運ぶ船の建造に関ったこともあった。
しかしそれはずいぶん前のことで、下働きのようなものだった。
船を造れと命じたのは、呉用だ。
次弟の阮小五が、一時、呉用の弟子のようなものだったが、それ以上に呉用と深い関係はなかった。
造船に打ちこんだのは、好きだったからというのが一番適当だろう。
梁山湖の漁船で、帆を二枚張るのを考えたのも、阮小二である。
二枚の帆を一本の綱で結び、ひとりで扱えるようにしたのだ。
船の型にも、興味があった。
長江にいたころ、ほかのものより速く走る船を見て、なぜだと思った。
底が、いくらか丸味を帯びた船だった。
それで、梁山湖に戻ってきた時、同じようなものを造ってみた。
それまで使っていた阮家の船より速かったが、漁労に速い船が特に必要なわけではなかった。
だから、それ以上、工夫をこらしてみることもしなかった。
軍船を造りはじめてからは、速さが大事なものになった。
底の形状が平らではなく、水をかき分ける舳先の形もさまざまなものを試みた。
軍船にも大きな梶が付いているが、それはなくした。
両舷の櫓の力だけで、船を操るのだ。その方が、機敏に動ける。
その場で回ることもできた。ただ、流れの影響は受けやすい。
船底の半分から後ろに、丸太を縦に通した。
燕青が喋ったことがもとになっていた。
丸太もいろいろと形を変え、いまでは枝のようなものになっている。
「ここだ、阮小二」
そばにいた、童猛が言った。
「この水路で一番浅いところだ」
流れを半分塞き止めるというのは、陶宗旺の考えだった。
百人の部下を連れ、昼夜兼行で堰を三カ所作った。
「一応、潜って調べてみたと言っても、なにか身が竦むな」
堰にさしかかると、童猛は船縁を掴んだ。
阮小二も息を殺した。
吃水の深い軍船が、なんの衝撃もなく堰のそばを通り抜けた。
右の櫓を二挺止め、左の櫓は五挺動かし続けた。
右、三挺に、左、五挺。これで舳先はゆるやかに左にむいていく。
「軍船でも、梁山湖と河水が往来できるぞ、阮小二」
大型の軍船は、島のように緑の樹木に包まれた、河水の中洲に隠してある。
軍船六艘に、輸送船が十四艘である。
ほかに四挺櫓の小型の軍船が三十艘。
疾風と呼んでいる小舟が十艘。
しかし河水の水軍は、開封府と北京大名府に挟まれる位置にいる。
十挺櫓の軍船が、やはり二十艘は必要だった。
河水に達したところで、梁山湖に引き返した。
曲がりくねった水路なので、迅速というわけにはいかない。
途中で船隠しの場所を整備したりしたので、二日半かかった。
童猛が作りあげた水深図は、きわめて正確である。
「これで、水の上でも闘える。陸上の別働隊ではなく、宋の水軍とまともにぶつかり合える」
梁山湖に入った時に、童猛が言った。
阮小七もそうだが、水軍に編入された者たちは、みんな耐え、時には陸上の戦に駆り出されたりもしていた。
「あとは船の数だ、童猛」
梁山泊の造船所では、八艘の大型の軍船が建造中である。
梁山泊に入山した時から、呉用や李俊の指示で、これほど必要なのかと思うほどの木を集め、湖上を渡して梁山泊に蓄えた。
李俊には、いずれ水軍をという気持があったのだろう。
木はいまも集め続け、古く乾いたものから使っている。
いま梁山湖から流花寨にかけて、二十艘の大型の軍船がいる。
それが三十艘になれば、宋の水軍ともむかい合えるのだ。
「この船は、速いだけでなく、ずいぶんと頑丈になった」
童猛が言う。
十挺櫓は、中型である。
その船の建造に、阮小二は力を注いできた。
しっかりとしている部分と、遊びがある部分。
それを、試作を重ねて詰めていった。
河水の強い流れの中でも動かしてみた。
しっかりとしていなければならない部分には、湯隆が打った鉄がかなり使われているし、遊びを持たせるところは、李雲がいろいろと助言してくれた。
十挺櫓は、いま四十艘いる。
しかし半分は、河水に回さなければならない。
大型の建造と並行して、十挺櫓もあと二十艘は必要なのだ。
ただ、試作の段階は終っていた。
木を型に合わせて切る者、組み立てる者と、分担しながら作業は進められる。
「しかし、水軍の兵は足りんな、阮小二」
「そんなことはない。漕手と操る者がいれば、水軍の動きはできる。乗るのは歩兵でも間に合うのだ」
いま李俊のもとに、水軍は一千である。この中には、張順が鍛えている、潜って敵に近づく部隊も含まれていた。李俊は、あと一千は必要だと考えているだろう。
造船所に、船を着けた。
大型八艘の建造で場所の余裕はないが、数日で一艘が完成する。
そこですぐに、十挺櫓の三艘にかかれるのだ。
阮小二は、童猛とともに、李俊の部屋に行った。
営舎はあり、阮小二も部屋をひとつ持っている。
はじめは小さな小屋で、阮小二はそのころから寝泊りもここでしていた。
営舎は二百人分というところか。
船の建造にも、いまは水軍の兵が当たっている。
「その容子じゃ、十挺櫓の通行もできたようだな、阮小二」
李俊は、梁山湖の地図を卓上に拡げていた。ただの地図ではなく、水深や流れを書きこんであるものだ。
「凌振の大砲が、二十門できあがった。いままでの倍の大きさの弾を飛ばせる。
やっと、気に入った鉄を手に入れたのだな」
その話は、阮小二も聞いていた。
それで、大きな大砲を造ったのだ。
野戦用ではないので、どこかに据え付ける。
李俊は、据え付ける場所を検討していたようだった。
「梁山泊が、宋の水軍に攻められることもあるのだろうか?」
「すべて、流花寨がどうなるかによるな。宋の水軍は、海で動いていた部隊を、河水に持ってきたようだ」
「手強いな、それは」
童猛が口を挟んだ。

(…この続きは本書にてどうぞ)
Designed By Hirakyu Corp.