水滸伝 十二
  炳乎の章(へいこのしょう)

青蓮寺は執拗に闇塩の道の探索を続け、ついに盧俊義の捕縛に成功した。
過酷な拷問を受ける盧俊義を救うため、燕青は飛竜軍とともに救出へ向かう。
一方、北京大名府に残る闇塩の道の証拠を回収すべく、宋江自らが梁山泊全軍を率いて出動する。
それに対して青蓮寺は、雄州の関勝将軍に出陣の命を出した。
宣賛と策を練り、梁山泊の盲点を見極めた関勝が静かに進軍する。
北方水滸、極限の第十二巻。


炳乎の章 目次
 地健の星
 地傑の星
 地正の星
 地蔵の星
 地隠の星
地健の星

どこか、馴染めなかった。
同じ叛徒と言っても、梁山泊の連中とはまるで違う、という気がする。
ただ、軍の調練は厳しくやっているし、軍律もある程度はしっかりしていた。
唐昇という男が、実際には軍の指揮をしている。
その上に、田虎を頂点とする田一族がいるが、これは飾りだという感じだった。
索超は、唐昇に興味を持った。
唐昇も、索超を気にしたようだ。
威勝近郊の寨に留まれと、熱心に勧めたのは唐昇自身だった。
二十名ほどの兵を、ひとりで相手にして打ち倒した。
それが、唐昇の気持を動かしたのかもしれない。
武術師範のようなかたちで、ひと月ほど留まりながらも、それ以上深入りはしなかった。
調練で、槍や剣を教えはしたが、兵の指揮を引き受けることはしなかった。
叛乱の本拠は威勝だと言われているが、実際はこの寨に主力が集められている。
およそ二千で、威勝の城郭には五百いるだけだった。
「威勝はあまり好きではないようだな、索超。
出かけていっても、すぐ戻ってくる」
唐昇が威勝に留まることは、索超が知るかぎりなかった。
鈕文忠という、白い髭を蓄えた男が、時々威勝からやってくる。
どちらが上位なのか、見ているだけではわからなかったが、重要なことはこの二人が決めているという気がした。
「城郭は、性に合わんのだ。実を言うと、人が多いところもな」
暗に、寨もいやなのだ、と言ったつもりだった。
ここには『蒼天』という旗が掲げられ、世直しをするということが言われているが、志というものが感じられなかった。
兵の中には、生真面目にそれを考えている者もいる。
しかし、ひとつになっているという感じがしない。
索超は、梁山泊を知っているわけではなかった。
建設途上の流花寨にいただけで、梁山泊そのものに足を踏み入れたことはない。
それでも、流花寨にいた男たちが、心に響いてきたという気がする。
魯達と白勝に会った。
花栄がいて、晁蓋とも話をした。
そして林冲とは立合った。
ほかにも、何人もの男たちと言葉を交わした。
あのまま、梁山泊に加わっていてもよかったのだ。そうしなかったのは、林冲とせめて互角に闘える男になりたい、という小さな意地のためだった。
それがどれほど小さな意地だったのかは、子午山で思い知らされた。
子午山での滞留は、結局ふた月に及んだ。
その間、王進の農耕と焼物の手伝いをしただけだ。
楊令とは、毎日、一刻は棒を執ってむかい合った。
無論、負けはしなかったが、楊令の腕がいずれ自分を越えていくだろう、ということははっきりわかった。
そして十日に一度ぐらいは、王進も立合ってくれた。
それは楊令に稽古をつける日で、ついでのようなものだったのだろう。
十日に一度の稽古のために、楊令は毎日、渾身の素振りをくり返していた。
容赦なく、楊令は打ち倒された。
いや、楊令だけではない。
自分も、同じように打ち倒されたはずだ。
もう駄目だ。そう思った瞬間が見えるように、王進は背をむけるのだ。
一度たりとも、索超は打ちこむことができなかった。
それでも、立合うたびに、新しいなにかが見えた、と思った。
それがなにか確かめたくて、また旅を続けた。
晁蓋に言われた一年は、すでに過ぎている。
確かめるのも無意味なことだ、と索超は感じはじめていた。
見えたのは、一瞬の光芒のようなものだろう。
いつも見えて、そしてなんであるかわかる、というようなものではないに違いないのだ。
子午山からは、東にむかって少しずつ進んできた。
梁山泊とは、方向違いではない。
その途中で、威勝の叛徒に出会ったのだった。
叛乱という言葉が、索超を留まらせた。
「その気があるなら、五百ばかりの兵の指揮を任せてみようと思ったのだがな、索超」
寨の、営舎の前だった。
暖かい日だったので、並んで腰を降ろしていた。
兵の半数は、調練に出ている。
「私は、以前は官軍にいた。
北京大名府で、将軍にまで昇りつめた。
将校たちの資質を見極めるのは、仕事の一部だったのだ。
おまえは、五百の指揮、いや、一千二千になっても指揮はできる」
「将軍にまで昇りつめたのに、なぜ?」
「官軍には、面白くないことが多い。
足の引っ張り合いだとかな。
それも、この宋という国が朽ちかけているからだ。
そういうところで、自分が腐っていきたくはなかった」
「梁山泊みたいなものかな?」
「いずれは、連合を考えている。
梁山泊は、西の方の人間が集まるには遠すぎるのだ。
だから、ここで一万の兵力を集める」
一万とひと口に言ったところで、それを養うのは、大変なことだった。
時々、遠くまで出て、役所の穀物倉などを襲う。
それで糧道を確保しているというが、とても足りるとは索超には思えなかった。
別なことを糧道にしている、という気配もない。
そのくせ、食事や武器は余るほどなのだ。
威勝の城郭で、田一族は贅沢な生活をしているという。
「俺は、ひとりが好きなのだ、唐昇」
「そうだろうとは思う。おまえがしてきた旅の話を聞くとな」
「人が多いと、息が詰まってくる」
ほんとうのことではなかった。
索超の心の中には、拭いきれない不審感がある。
兵ひとりひとりは別としても、唐昇にも鈕文忠にも、ひたむきな志というものが感じられないのだ。
やっていることは官軍の将軍のままで、鈕文忠はそれとつるんでいる役人のようにしか思えなかった。

(…この続きは本書にてどうぞ)
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