水滸伝 九
嵐翠の章(らんすいのしょう)
死んだはずの妻、張藍が生きている。
その報を受けた林冲は、勝利を目前にしながら戦を放棄し、ひとり救出へと向かう。
一方、呉用は攻守の要として、梁山泊の南西に「流花寨」を建設すると決断した。
しかし、新寨に楊殲率いる三万の禁軍が迫る。
周囲の反対を押し切って、晁蓋自らが迎撃に向かうが、禁軍の進攻には青蓮寺の巧みな戦略がこめられていた。
北方水滸、激震の第九巻。
嵐翠の章 目次
天空の星
地佐の星
地微の星
地走の星
地暗の星
嵐翠の章(らんすいのしょう)
死んだはずの妻、張藍が生きている。
その報を受けた林冲は、勝利を目前にしながら戦を放棄し、ひとり救出へと向かう。
一方、呉用は攻守の要として、梁山泊の南西に「流花寨」を建設すると決断した。
しかし、新寨に楊殲率いる三万の禁軍が迫る。
周囲の反対を押し切って、晁蓋自らが迎撃に向かうが、禁軍の進攻には青蓮寺の巧みな戦略がこめられていた。
北方水滸、激震の第九巻。
嵐翠の章 目次
天空の星
地佐の星
地微の星
地走の星
地暗の星
天空の星
虫が、黒い色をしていた。
よく見なければ、それは虫だとわからないのだった。
時折、緑色をした虫らしい虫が飛んでくると、すぐに小鳥に啄まれた。
まわりの色と同じになる。
それで虫は身を守っているのだろう。
「おい、行くぞ」
声をかけられた。
「おまえよ、こんなところで昼寝してるだけじゃ、退屈だろうが」
「また軍営を襲うってんなら、付き合ってやってもいい。
兵隊がここまで追いかけてきたら、俺がぶちのめしてやる」
「おまえな、なんで危いところを襲いたがる。
これから襲うのは、どうってことのねえ分限者の別邸だぜ。
主も、いまいねえ。だから、護衛に雇われているやつらも、五人ばかりしかいねえんだよ」
「性に合わんのだ。やるなら、でかい仕事をしたい、俺は」
「夢みてえなこと言うな。この人数で、どこを襲うってんだ。
前に軍営を襲ったのは、そっちへ追いつめられたからじゃねえか。
逃げられたのは、運がよかったからだぜ」
俺が、ひとりで五十人の兵を相手にしたようなものだからだ。
思ったが、索超は口に出さず、軽く手を振った。
舌打ちが聞えてくる。それから出かけていく気配があった。
索超は躰のむきを変え、頬杖をついて、また黒く焼けた木に眼をやった。
黒い色になった小指の先ほどの虫が、二匹歩いている。
焼跡だった。
広大な屋敷があったらしいが、建物も周囲の木立も、焼けていた。
火事が起きたのは、半年ほど前だという。
開封府から、それほど遠くない。
城外の街並みがあるところまで、十里ほどだろうか。
まわりにほかの家はなく、盗賊がねぐらにするにはぴったりだった。
俺は、黒い色になった虫のようなものだろう、と索超は思った。
北京大名府で、ひとり打ち殺した。
開封府に流れてきて、相国寺の市で、役人を四人殴り倒した。
それで、郊外のここまで逃げてきたのだ。
こんなところにも、住みついている人間がいて、はじめは三人組が追い出そうとしてきた。
軽く殴り倒すと、なにも言わなくなり、三人が八人に増えた時に、また出ていけと言いはじめた。
八人を、しばらく起きあがれないほどにぶちのめした。
頭領になってくれと八人が言ってきたが、そんなことに関心はなかった。
八人は二十人ほどになり、一度、開封府の郊外の村で、役人に追われているところに行き合った。
索超は、仕事になりそうなことを捜しに、その村へ行っていたのだ。
二十人が捕えられそうだったので、索超は二十人を導き、郊外にある軍営のひとつに駈けこんだ。
ほんとうなら、追ってくる役人との間で、挟み撃ちになるはずだった。
しかし軍営ではなにが起きているか把握できず、二十人も追ってくる役人も同じ仲間だと見て、まとめて追い払おうとしたので、混乱が起きた。
索超は軍営の中に雪崩れこみ、小さな武器小屋を蹴破って、それぞれに得物を持たせた。
五十人ほどの兵が遮ろうとしたが、索超がひとりで蹴散らした。
そして混乱に乗じたまま、ここへ逃げ帰ってきたのである。
どんなふうに人が集まり、盗賊になっていくのか、よくわかった。
いまのところ二十人ちょっとの規模で、盗賊とは言えないほどだが、これが五十人にも達すると、立派な賊徒になるのだろう。
索超は、仲間であるかどうか、自分でもはっきりさせていなかった。
勝手に振舞うことを、二十人に認めさせたようなものだ。
北京大名府の留守(長官)、梁中書のもとに四年いた。
十六歳で両親を失い、放浪をはじめて、ようやく腰を落ち着けたのがそこだった。
梁中書の私兵のようなもので、強くさえあればそれでよかった。
索超は、負けたことがない。自然に、訪れて来る者の、腕を試すというのが役割になった。
軍の将校などとやり合うのは、禁じられていた。
索超が、四年の間に、本気で立合ってみたいと思った相手は、青州軍にいて再び北京大名府の軍に戻ってきた、楊志だけだった。青面獣と呼ばれ、遠くから見ただけでも全身がふるえた。
いつか一度はと思っていたが、楊志は軍を脱け、梁山泊に加わり、そして死んだという。
梁山泊がどういうところか、しばしば考えた。
北京大名府での生活は、食うものにも女にも困らなかったが、虎のように扱われているだけだ、という気もしていた。
飼主が、その力を見たいと思った時だけ、檻から出されるのである。
楊志ほどの男が望んで加わった、梁山泊とはどういうところなのか。
(…この続きは本書にてどうぞ)
虫が、黒い色をしていた。
よく見なければ、それは虫だとわからないのだった。
時折、緑色をした虫らしい虫が飛んでくると、すぐに小鳥に啄まれた。
まわりの色と同じになる。
それで虫は身を守っているのだろう。
「おい、行くぞ」
声をかけられた。
「おまえよ、こんなところで昼寝してるだけじゃ、退屈だろうが」
「また軍営を襲うってんなら、付き合ってやってもいい。
兵隊がここまで追いかけてきたら、俺がぶちのめしてやる」
「おまえな、なんで危いところを襲いたがる。
これから襲うのは、どうってことのねえ分限者の別邸だぜ。
主も、いまいねえ。だから、護衛に雇われているやつらも、五人ばかりしかいねえんだよ」
「性に合わんのだ。やるなら、でかい仕事をしたい、俺は」
「夢みてえなこと言うな。この人数で、どこを襲うってんだ。
前に軍営を襲ったのは、そっちへ追いつめられたからじゃねえか。
逃げられたのは、運がよかったからだぜ」
俺が、ひとりで五十人の兵を相手にしたようなものだからだ。
思ったが、索超は口に出さず、軽く手を振った。
舌打ちが聞えてくる。それから出かけていく気配があった。
索超は躰のむきを変え、頬杖をついて、また黒く焼けた木に眼をやった。
黒い色になった小指の先ほどの虫が、二匹歩いている。
焼跡だった。
広大な屋敷があったらしいが、建物も周囲の木立も、焼けていた。
火事が起きたのは、半年ほど前だという。
開封府から、それほど遠くない。
城外の街並みがあるところまで、十里ほどだろうか。
まわりにほかの家はなく、盗賊がねぐらにするにはぴったりだった。
俺は、黒い色になった虫のようなものだろう、と索超は思った。
北京大名府で、ひとり打ち殺した。
開封府に流れてきて、相国寺の市で、役人を四人殴り倒した。
それで、郊外のここまで逃げてきたのだ。
こんなところにも、住みついている人間がいて、はじめは三人組が追い出そうとしてきた。
軽く殴り倒すと、なにも言わなくなり、三人が八人に増えた時に、また出ていけと言いはじめた。
八人を、しばらく起きあがれないほどにぶちのめした。
頭領になってくれと八人が言ってきたが、そんなことに関心はなかった。
八人は二十人ほどになり、一度、開封府の郊外の村で、役人に追われているところに行き合った。
索超は、仕事になりそうなことを捜しに、その村へ行っていたのだ。
二十人が捕えられそうだったので、索超は二十人を導き、郊外にある軍営のひとつに駈けこんだ。
ほんとうなら、追ってくる役人との間で、挟み撃ちになるはずだった。
しかし軍営ではなにが起きているか把握できず、二十人も追ってくる役人も同じ仲間だと見て、まとめて追い払おうとしたので、混乱が起きた。
索超は軍営の中に雪崩れこみ、小さな武器小屋を蹴破って、それぞれに得物を持たせた。
五十人ほどの兵が遮ろうとしたが、索超がひとりで蹴散らした。
そして混乱に乗じたまま、ここへ逃げ帰ってきたのである。
どんなふうに人が集まり、盗賊になっていくのか、よくわかった。
いまのところ二十人ちょっとの規模で、盗賊とは言えないほどだが、これが五十人にも達すると、立派な賊徒になるのだろう。
索超は、仲間であるかどうか、自分でもはっきりさせていなかった。
勝手に振舞うことを、二十人に認めさせたようなものだ。
北京大名府の留守(長官)、梁中書のもとに四年いた。
十六歳で両親を失い、放浪をはじめて、ようやく腰を落ち着けたのがそこだった。
梁中書の私兵のようなもので、強くさえあればそれでよかった。
索超は、負けたことがない。自然に、訪れて来る者の、腕を試すというのが役割になった。
軍の将校などとやり合うのは、禁じられていた。
索超が、四年の間に、本気で立合ってみたいと思った相手は、青州軍にいて再び北京大名府の軍に戻ってきた、楊志だけだった。青面獣と呼ばれ、遠くから見ただけでも全身がふるえた。
いつか一度はと思っていたが、楊志は軍を脱け、梁山泊に加わり、そして死んだという。
梁山泊がどういうところか、しばしば考えた。
北京大名府での生活は、食うものにも女にも困らなかったが、虎のように扱われているだけだ、という気もしていた。
飼主が、その力を見たいと思った時だけ、檻から出されるのである。
楊志ほどの男が望んで加わった、梁山泊とはどういうところなのか。
(…この続きは本書にてどうぞ)