水滸伝 七
  烈火の章(れっかのしょう)

聞煥章が宋江の居場所を掴んだ。
宋江は太原府の山中に追い込まれ、一万数千の官軍に包囲されてしまう。
陶宗旺が石積みの罠を仕掛け、攻撃に備える。
官軍は包囲網をせばめ、ついに火攻めを開始した。
飛竜軍、朱同と雷横の兵、さらに林冲の騎馬隊が宋江の元へ駆けつけていく。
一方、青蓮寺は史進率いる少華山の殲滅を目論む。
その謀略に対して、史進はある決断を下した。
北方水滸、動乱の第七巻。


烈火の章 目次
 地伏の星
 地理の星
 地周の星
 天勇の星
 地賊の星
地伏の星

砕いた石を、洞穴の上の斜面に運びあげた。
陶宗旺も力はあるが、こんなことは石切場で働いていた自分ほど、うまくできる者はいないのだ。
石を運ぶ間も、李逵は板斧を腰に差したままにしていた。
いやな気配が、洞穴を取り巻いている。
夜を待つ、虎の気配にも似ていたが、それなら十頭の虎に囲まれているということだ。
陶宗旺が、大きな躰を丸くして、石を組んでいる。
組んだ石の、一番上だけが崩れるもの、全部崩れてしまうもの、実にうまく組みあげる。
それについては、李逵は感心していた。
小さな石をひとつ抜くと、全部が崩れてしまう石積みなど、まるで手妻を見ているようだった。
だから石組みは陶宗旺に任せ、李逵はせっせと石を運んだ。
武松が、自分が最初に死ぬと言った。
そんなことは、させられない。
兄を先に死なせる弟が、どこにいるのか。
死ぬなら自分だ、と李逵は思った。
しかし、死んでしまうと、父である宋江を守れなくなる。
死なずに、敵を皆殺しにすればいいのだ。
武松の兄貴は、諦めが早すぎる、と李逵は思う。
しかしそれはいやなことではなく、李逵には好ましいことでもあった。
なにもかも自分より優れていたら、いつでも助けて貰うだけになってしまう。
諦めが早い武松をそばから助けられるのは、自分だけではないか。
そして、二人とも生きているから、宋江も守っていける。
そう考えると、李逵の気持ははずんだ。
もっと敵が多くなり、自分が働ける場所が大きくなればいいと思う。
「李逵殿、これで洞穴の上にも、五段の石積みができました。
いやあ、ほんとうに組みやすいように石が切ってあるので、助かりました。
ただ石を集めただけでは、こうはいきません」
陶宗旺は、遠くから石積みを眺めて、満足そうだった。
「おまえ、この俺が石を切ってやったことは、忘れるんじゃねえぞ」
「当然です。私は、李逵殿を尊敬します」
「尊敬?」
よく意味はわからないが、宋江は尊敬されている。
江州で、梁山泊の兵が多く来た時も、みんなが宋江を尊敬していた。
尻のあたりがなにかむずむずしてきて、李逵は叫び声をあげ、とび跳ねた。
「敵が攻めてきたら、おまえはもっと俺を尊敬するぜ。
石と較べたら、人なんて切ってるかどうかわからねえぐらいだからな。
おまえが息をひとつする間に、俺は敵の首を十個飛ばしてみせる」
「私は、柄まで鉄でできた鍬を持っています。
これなら振り回せるのですが、武器になるでしょうか?」
「おまえな、武器ってのは、遣い馴れたもんが一番なんだ。
俺は、小さいころから板斧を遣ってきた。
だから石も切れるし、人の首も飛ばせる。
おまえの鍬だって、絶対に武器になるぜ。
なにしろ、おまえの土の掘り方ときちゃ、人の十倍は速いからな」
「でも、私は人を殺したことはありません」
「それが、こわいのか。
敵は、人じゃねえ。
ただ敵だ。
首を飛ばさなきゃ、こっちがやられるから、そうするんだ。
いいか、俺と武松の兄貴は、百人ずつ引き受けられる。
おまえと欧鵬で十人ずつ引き受けろ」
「私は、そんなには」
「いいから、やるんだよ。
宋江様は、なにもできねえ。
そういう宋江様を、俺らは守り抜かなきゃならねえんだ。
それが、どれだけ大事なことか、わかるか」
「志を守るのと、同じことですね」
「そうよ、志よ」
志がなにかと訊かれると、答えられない。
志は、志でいいのだ。
李逵は、それ以上は考えなかった。
難しいことは、宋江や武松が考えてくれる。
「俺たちはな、宋江様を絶対に死なせちゃならねえ。
武松の兄貴もだ。
いいか、戦になったら、俺が先頭で闘う。
おまえらは、洞穴にいる宋江様を守るために、入口を固めるんだ。いいな」
「わかってますが、私は自信が」
「おい、陶宗旺。自信がどうのと、言ってる時じゃねえんだぞ。
いまは、なにがなんでも、宋江様を死なせちゃならねえ」
「そうですね。その通りです」
「おまえ、肚を決めな。
てめえのためじゃなく、宋江様のために、その鉄鍬を振り回すんだ。
死んでも、振り回してろ」

(…この続きは本書にてどうぞ)
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