水滸伝 五
玄武の章(げんぶのしょう)
宋江の居場所が青蓮寺に発覚した。
長江の中洲に築かれた砦に立て篭るが、官軍二万に包囲される。
圧倒的な兵力に、宋江は追い詰められていく。
魯智深は、遼を放浪して女真族に捕縛される。
救出へ向かうが、幾多の危難がそこに待ち受けていた。
そしてついに青蓮寺は、楊志暗殺の機をつかむ。
妻子と共に闇の軍に囲まれ、楊志は静かに吹毛剣を抜いた。
北方水滸、衝撃の第五巻。
玄武の章 目次
地進の星
地闘の星
地会の星
地空の星
玄武の章(げんぶのしょう)
宋江の居場所が青蓮寺に発覚した。
長江の中洲に築かれた砦に立て篭るが、官軍二万に包囲される。
圧倒的な兵力に、宋江は追い詰められていく。
魯智深は、遼を放浪して女真族に捕縛される。
救出へ向かうが、幾多の危難がそこに待ち受けていた。
そしてついに青蓮寺は、楊志暗殺の機をつかむ。
妻子と共に闇の軍に囲まれ、楊志は静かに吹毛剣を抜いた。
北方水滸、衝撃の第五巻。
玄武の章 目次
地進の星
地闘の星
地会の星
地空の星
地進の星
馬が潰れた。
童威は、ためらわず自分の足で走りはじめた。
途中に山がある。
街道はそれを大きく迂回しているが、童威は山中の険阻な道を選んだ。
走り、這い登り、滑り、転げる。
それでも、童威は自分を叱咤し続けた。
とんでもないことが、起きようとしている。
江州郊外に駐屯していた一万の官軍が、一斉に動きはじめたのだ。
それは明らかに、宋江のいる川のそばの料理屋にむかっていた。
宋江に知らせるには、遅すぎた。
それで、李俊に知らせるために、童威は走っているのだった。
一万の官軍を見張ると決めたのは、自分だった。
その一万は賊徒討伐のためといわれ、江州軍本隊と較べても、ずっと精鋭だった。
闇の塩を押さえるための軍かもしれない、と考えて、童威は自ら見張ることにした。
李俊から預かった、命綱のようなものなのである。
叛乱を起こしている李俊を、裏から支える大事な商いでもあった。
宋江という男については、あまりよく知らない。
ただ、李俊にとって大事な男だということはわかる。
斜面が急になり、ほとんど這うようにして童威は登った。
もうしばらくすると下りになり、それからは李俊の山寨まで平坦な道が続く。
口から、内臓が飛び出してきそうな気がした。
最近でこそ、船を動かすことが多いが、昔は、走ることにかけては誰にも負けなかった。
下りになった。
童威は、半分滑り、半分転がっていた。
それから平坦な地面に達すると、また走った。
もう、走ること以外に、なにも考えなかった。
走り続けることで、頭の中にあるものが、ひとつずつ道にこぼれ落ちていく。
ただ走っている、自分がいる。
口から内臓が飛び出そうと、脚が折れようと、走り続けなければならない自分がいる。
夜明け前だが、星の明りがあった。
長江から、海にまで船を出すので、夜眼は利く。
一度、胸が潰れたと思った。
倒れたかった。
なんとか耐えて走り続けると、逆に楽になった。
山寨の下の見張所まで走った時は、夜が明けかかっていた。
見張りの者になにか叫ぼうとしたが、声は出ない。
次に意識がはっきりしたのは、頬を叩かれた時だった。
見張所のところで、倒れたようだ。
「どうした。なにがあった、童威?」
李俊の顔が、そばにあった。
「兄貴、江州郊外の一万が、夜中に動きはじめた。
料理屋に滞在中の、宋江殿を捕えようとしているのだと思う」
「あの一万が」
「宋江殿に知らせるには遅すぎたので、とにかく兄貴にと思った。馬が、潰れちまって」
「わかった。もう喋るな」
李俊が、なにか声をあげた。
見張所の周囲が、騒然としてきた。
童威は眼を閉じ、口にあてがわれた椀から、少しずつ水を飲んだ。
次に気づいたときは、山賽に運び上げられていた。
童猛がそばに立っていた。
やはり、気配は騒然としている。
気を失っていたのは、長い時間ではないのかもしれない。
(…この続きは本書にてどうぞ)
馬が潰れた。
童威は、ためらわず自分の足で走りはじめた。
途中に山がある。
街道はそれを大きく迂回しているが、童威は山中の険阻な道を選んだ。
走り、這い登り、滑り、転げる。
それでも、童威は自分を叱咤し続けた。
とんでもないことが、起きようとしている。
江州郊外に駐屯していた一万の官軍が、一斉に動きはじめたのだ。
それは明らかに、宋江のいる川のそばの料理屋にむかっていた。
宋江に知らせるには、遅すぎた。
それで、李俊に知らせるために、童威は走っているのだった。
一万の官軍を見張ると決めたのは、自分だった。
その一万は賊徒討伐のためといわれ、江州軍本隊と較べても、ずっと精鋭だった。
闇の塩を押さえるための軍かもしれない、と考えて、童威は自ら見張ることにした。
李俊から預かった、命綱のようなものなのである。
叛乱を起こしている李俊を、裏から支える大事な商いでもあった。
宋江という男については、あまりよく知らない。
ただ、李俊にとって大事な男だということはわかる。
斜面が急になり、ほとんど這うようにして童威は登った。
もうしばらくすると下りになり、それからは李俊の山寨まで平坦な道が続く。
口から、内臓が飛び出してきそうな気がした。
最近でこそ、船を動かすことが多いが、昔は、走ることにかけては誰にも負けなかった。
下りになった。
童威は、半分滑り、半分転がっていた。
それから平坦な地面に達すると、また走った。
もう、走ること以外に、なにも考えなかった。
走り続けることで、頭の中にあるものが、ひとつずつ道にこぼれ落ちていく。
ただ走っている、自分がいる。
口から内臓が飛び出そうと、脚が折れようと、走り続けなければならない自分がいる。
夜明け前だが、星の明りがあった。
長江から、海にまで船を出すので、夜眼は利く。
一度、胸が潰れたと思った。
倒れたかった。
なんとか耐えて走り続けると、逆に楽になった。
山寨の下の見張所まで走った時は、夜が明けかかっていた。
見張りの者になにか叫ぼうとしたが、声は出ない。
次に意識がはっきりしたのは、頬を叩かれた時だった。
見張所のところで、倒れたようだ。
「どうした。なにがあった、童威?」
李俊の顔が、そばにあった。
「兄貴、江州郊外の一万が、夜中に動きはじめた。
料理屋に滞在中の、宋江殿を捕えようとしているのだと思う」
「あの一万が」
「宋江殿に知らせるには遅すぎたので、とにかく兄貴にと思った。馬が、潰れちまって」
「わかった。もう喋るな」
李俊が、なにか声をあげた。
見張所の周囲が、騒然としてきた。
童威は眼を閉じ、口にあてがわれた椀から、少しずつ水を飲んだ。
次に気づいたときは、山賽に運び上げられていた。
童猛がそばに立っていた。
やはり、気配は騒然としている。
気を失っていたのは、長い時間ではないのかもしれない。
(…この続きは本書にてどうぞ)