水滸伝 四
  道蛇の章(どうだのしょう)

馬桂は愛娘を殺され、悲嘆にくれていた。
青蓮寺は彼女を騙して梁山泊への密偵に仕立て上げ、ひそかに恐るべき謀略を進めていく。
一方、宋江は、民の苦しみと官の汚濁を自らの眼で見るため、命を懸けて過酷な旅を続けていた。
その途中で、純真さゆえに人を殺してしまった李逵と出会う。
李逵は次第に宋江に惹かれていくが、そこに思わぬ悲劇が待ち受けていた。
北方水滸、波乱の第四巻。


道蛇の章 目次
 天退の星
 地鎮の星
 地孤の星
 天寿の星
 天殺の星
 天速の星  
天退の星

梁山泊が見えた。
梁山湖の水の上に、しっかりと腰を据えている。
雷横は、率いていた百名の兵に休止を命じた。
二日、宋江や朱仝を追って、野山や集落を駈け回っていた。
潜んでいたらしい、山中の小屋を見つけた。
そこから、二手に分かれている。
両方を辿ったが、途中で足跡は消えていた。
それでも、鄆城に戻って、知県(県の知事)にある程度の報告はできる。
宋江が、妾の閻婆惜を殺して出奔したという時から、鄆城は大騒ぎになった。
それにどうやら朱仝まで加わったことがわかると、知県は屋敷に引き籠った。
すがりついていた知県の地位も、あやうくなったと考えたのだろう。
宋江と武松は南へ、朱仝と宋清は北へむかっている。
足跡だけではわからないが、雷横はそれを知っていた。
閻婆惜が殺されてから、すでに五日が経っていた。
間者を指揮する時遷から、四人が一応安全な場所まで逃げたと知らせが届いたのは、きのうだった。
それで、雷横は追跡を中止し、鄆城への道を戻ったのだ。
逃げおおせるまでは、追跡を装いながら、いざという時は四人の防壁になるつもりだった。
早く梁山泊に入りたい。
すぐそばの?城にいてそれが果せないのは、一切の身動きをしてはならない、と命じられているようなものだ。
どれほど肉体がつらくても、耐えられる。しかし、心のつらさは、耐え難かった。
「梁山泊だ」
雷横は、丘の頂に立ち、呟いた。
俺が、いるべき場所だ。
一刻の休止で、雷横は出発の声をかけた。
兵を駈けさせる。雷横は、いつもそれを怠ったことはなかった。
どれほど長く駈け続けられるかで、戦場での生死が分かれると考えている。
しかし、その戦場も?城にはありはしないのだ。
朱仝のやつ。
思わず、そういう呟きが出てくる。
鄆城を去る時は一緒だ、と約束していたわけではないが、ひとり取り残されたという気分は強い。
先に、武松が残していった印を見つけていたら、自分が鄆城を去ることになったはずだ。
鄆城の軍での生活は、退屈きわまりなかった。
兵は鍛えあげたが、闘う相手はいない。
宋江がいることが救いだったが、それもなくなった。
私腹を肥やすことしか考えていない知県のもとで、毎日同じ軍務につくことになる。
しかし、鄆城に入ると、雷横はすぐにいつもとは違う雰囲気を感じ取った。
空気が、張りつめている。役所には、見知らぬ顔がいくつもあった。
軍営に出頭すると、志英のそばにも見知らぬ男が二人いた。
志英にいつもついている副官は、朱仝の騎馬隊を率いて、まだ四人を追跡しているようだ。
志英とその副官が、鄆城における上級将校で、雷横は朱仝とともにその下にいた。
「山中の小屋は見つけたが、追跡しきれなかったというのだな、雷横?」
「無理でありました」
「追跡はしたのだな?」
「足跡が残っているところまでは。
それから先は、追いようもありません。
第一、兵糧も尽きてしまいました」
雷横は、志英も副官も嫌いだった。
力はないくせに、威張ってばかりいて、悪辣なやり方で、民からわずかなものをせしめる。
知県の次に、首を落としてやりたい男たちだった。
「逃亡した朱仝とは、親しかったようだな、雷横。
それに、宋江の家にもしばしば出入りしていた。間違いはないか?」

(…この続きは本書にてどうぞ)

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