武王の門 (下巻)ぶおうのもん

懐良は肥後の名将・菊池武光と結び、悲願の九州統一を果たした。
そして大宰府を征西府の拠点とし、朝鮮半島の高麗や中国大陸の明と接触することで、全く新しい独立国家の建設を夢見る。
しかし、足利幕府から九州探題に任ぜられた今川了俊は、懐良の野望を討ち崩すべく、執拗に軍を進めた―――。
二十数年にわたる男の夢と友情のドラマを、ダイナミックに描いた一大叙事詩の完結!

大宰府への道

正平十四年が暮れようとしていた。
征西府館の城搭に、懐良はひとりで立ち尽くしていた。
さすがに風は冷たく、脇腹や右肩の傷が、なにかを訴えるように痛んだ。
凄絶な戦だった。
十数万の兵が、大保原でぶつかり合い、死闘のかぎりを尽くしたのだ。
勝ちはしたが、征西府にも菊池の軍勢にも大きな傷が残った。
いや九州全土に大きな傷が残った。
その傷は、数カ月を経たいまもまだ生々しい。
自分がいなければ、あれほどの戦はおきなかったのではないのか。
秋が過ぎ、寒さが増してくるころから、懐良の心にそう言う思いが去来するようになった。
こうならざるを得なかったのだという思いも、一方にはある。
深く考えることを、懐良はしなかった。
自分がいなければという思いが、おのが弱さから出たものではないことを、子の城搭に立って何度も確かめてみるだけである。
菊池の城下は、相変わらず活気に満ちていた。
民とは強いものだ、と懐良はしばしば思った。
それは新しい発見でもあった。
戦という理不尽なものに襲いかかられても、じっと耐え、戦が終わればすぐに力を取り戻す。
それは、武士たちの立ち直りよりずっと早い。
夕暮れの光が、菊池川の川面を照らし返している。
いまここから眺めるかぎり、菊池の城下は平和そのものだった。
「御所様、あまり風に当たられては」
城搭の下に控えた山鹿忠影が声をかけてきた。
そばには明源も控えているが、配下は離れた場所に潜んでいるらしい。
「良氏が病を得たと聞いたが、大事はないのか、明源?」
城搭の梯子を降りてきて懐良は言った。
「床に就かれてはおりますが」
「傷を受けたのではないのか、ほんとうは?」
「以前より、時々床に就かれてはおりました」
明源は、よく光る右眼で懐良を見上げてきた。
明源の左眼が潰れたのも、大保原の戦のあとだった。
傷跡が醜いのか、明源は鉢巻に使うような布で左眼を覆っている。
矢を受けて馬から落ちた時、自分を守ったのは供回りの武士たちだった。
守るだけで精一杯で、戦場から離脱はできそうもなかったらしい。
そこに現れたのが、五条良氏と明源に率いられた数十名の山の民だったとは、頼治から聞かされたことだった。

...続きは本書でどうぞ
Designed By Hirakyu Corp.