草葬枯れ行く そうもうかれゆく

幕末。
黒船が浦賀に現れたころ、上州浪人・相楽総三は天下を憂う志を持って仲間を集う。
博徒・清水の次郎長や刺客・土方歳三とも友誼を結ぶ。
次第に倒幕に傾斜して、怪物・西郷隆盛率いる薩摩藩に総三は接近していき、薩摩の闇の左手として活動し、やがて赤報隊として倒幕軍の尖兵となるが!
時代の濁流を生き抜いた若き魂。
著者が初めて幕末に舞台を設定した長編小説。

<単行本>1999年 3月 刊行
<文庫本>2002年 5月25日 初版発行

丁目の男

一両分の駒が置かれた。
「なんでえ、お侍」
「これで、張ってみてくれ」
「よそからの回しは受けねえよ。俺のやり方じゃねえんでね」
「博奕を打ちに来てるんだろう、あんた。俺も同じさ。ただ賽の目に賭けたんじゃなく、あんたに賭けた」
若い武士は、口もとにかすかな笑みを浮かべていた。
「俺に回すんじゃなく、くれてやろうってことかね?」
江戸の賭場は方々にあるが、このところ旗本屋敷が増えているという。
わずかな寺銭を当てにして、奥の屋敷を貸したりするのだ。
御家人の株も金でたやすく買えて、誰でもその気になれば武士にもなれる。
「あんたに賭けた、と言ったろう。好きな時に、そいつを張ってみてくれ」
眼は真剣だが、邪気はない。
どこか、嫌味にならない青臭さも漂わせている。
「自分で張れねえようなら、賭場に出入りするな」
「賽の目に張るだけが博奕じゃない。ふとそんな気がしたもんでね」
男は口もとも、もう笑っていなかった。
「わかった」
一言呟き、待った。
盆茣蓙では勝負が続いている。
中盆の声は、夏の蝉のように同じ文句をくり返していた。
それから三度目の勝負で、一両分のすべてを張った。
毛返しなどのいかさまは使っていない。
若いころ、自分がよくいかさまを使ったので、見ていれば大抵見当がつく。
「二、五の半」
負けた。
次郎長は腰をあげた。
つきのない時の博奕は、いつまでも続けるものではない。
潜り戸から、外へ出た。
小石川の旗本屋敷である。
天領でも藩領でも、武家屋敷が賭場になっていることなど、ほとんど考えられなかった。
こんなことがあるのは、江戸だけである。
「待てよ」
声をかけられた。
まだ陽は落ちていない。
冷たい風が吹いているだけだ。
「なにか用か?」
「あれで勝負を切りあげることはないだろう。あと五度やれば、三度はあんたが勝ったと思う」
「俺にかけた一両が惜しくなったのか、若けえの?」
男は大小を差しているが、根っからの武士とも見えなかった。
「まさか」

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