流塵 りゅうじん
  神尾シリーズⅣ

ボクシングの師・長坂の依頼を受けた神尾修二は、謎の失踪を遂げたウィグル人ボクサーのジュ―を追って、中国・新疆ウィグル自治区の町・カシュガルへ着いた。
偶然知り合った元北京大学生の陳を案内役としてジューの探索を始める。
さまざまな妨害を乗り越え、やっとジューの居所を突き止めるが・・・・・
好評シリーズ第四弾。

<単行本>1993年 5月 刊行
<文庫本>1996年 3月25日 初版発行

第一章

とりあえず、カシュガルへ着いた。
どこからどんなふうに仕事を始めればいいのかは、見当もつかなかった。
飛行場はまともで、降りた時も手荷物検査をされたのには笑ってしまったが、私はもともと大した荷物は持っていなかった。
飛行場から街まで、タクシーも、バスもなかった。
空港というより、飛行場と呼んだ方がぴったりなのだ。
日本人は私ひとりらしく、私は中国語もウィグル語も喋れなかった。
どんなふうにして街まで行けばいいにか、ということを調べるだけでうんざりした。
この調子で、街の中に入ってどんな調査ができるというのか。
依頼人が長坂でなかったら、私はこの仕事を受けはしなかっただろう。
日本から見ると、中国の最も西の奥で、カシュガルなどという街の名も聞いたことがなかった。
長坂は、私のボクシングの師匠である。
といっても、スパークリングの相手をして貰ったぐらいだ。
一度だけ日本チャンピョンになり、防衛戦もやらずに引退した男。
私は長坂が所属していたジムに通って、ボクシングを覚えた。
薹が立っていなければプロになれるのに、とよく会長に言われたものだ。
私は、飛行場から出ようとしている分解しそうなトラックを見つけ、街まで乗せてくれと頼んだ。
すべてを、紙に漢字を書くことと、仕草で伝えた。
運転していた若い男は、頷いて荷台を指した。
なにを運ぶトラックかはわからなかった。
荷台には、固まった石灰が白くこびりついている。
スピードも出ないトラックだったが、土埃だけはやけに派手だ。
街の入口のところでトラックは停まり、私は降ろされた。
北京で変えていた元を渡そうとしたが、しばらく紙幣を見て、若者はいらないと言った。
旅行者が使う紙幣と、流通している紙幣とは違うのだ。
旅行者を見たことがあるのは、そういう関係の仕事をしている人間だけなのだろう。
まず、ホテルを探さなければならなかった。
一時間ほど歩き回ると、何となく様子が呑みこめてきた。
イスラム教徒が多い。
何派かどうかまではわからないが、教徒同士の挨拶をしている。
私はそれを、アフリカや中東で何度も耳にしたことがあった。
もうひとつわかったのは、馬やロバが曳く荷車のようなものが、乗合のタクシーの役割をしているということだった。
試みに、道端にいる一台に声をかけ、貸切、と紙に書いてみた。

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