破軍の星
はぐんのほし
建武の新政で後醍醐天皇のより十六歳の若さで陸奥守に任じられた北畠顕家は奥州に下向、政治機構を整え、住民を掌握し、見事な成果をあげた。
また、足利尊氏の反逆に際し、東海道を進撃、尊氏を敗走させる。
しかし、勢力を回復した足利方の豪族に叛かれ苦境に立ち、さらに吉野へ逃れた後醍醐帝の命で、尊氏追討の軍を再び起こすが・・・
一瞬の閃光のように輝いた若き貴公子の短い、力強い生涯。
建武の新政で後醍醐天皇のより十六歳の若さで陸奥守に任じられた北畠顕家は奥州に下向、政治機構を整え、住民を掌握し、見事な成果をあげた。
また、足利尊氏の反逆に際し、東海道を進撃、尊氏を敗走させる。
しかし、勢力を回復した足利方の豪族に叛かれ苦境に立ち、さらに吉野へ逃れた後醍醐帝の命で、尊氏追討の軍を再び起こすが・・・
一瞬の閃光のように輝いた若き貴公子の短い、力強い生涯。
<単行本>1990年11月 刊行
<文庫本>1993年11月25日 初版発行
陵王の面
風に霙が混じりはじめていた。
樹木が哭いている。
やがて空も哭きはじめるだろう。
この季節、一度荒れはじめると、大抵は翌朝まで続く。
しかしまだ、根雪になるほどの雪は降るまい。
白川からほぼ五里。
谷間を縫う街道を見降ろせる、切り立った崖の上である。
ここ数年、都の騒擾は遠いこの陸奥までも伝わってきた。
そして今年の初夏になったばかりのころ、鎌倉の幕府が倒れた。
都では、主上の直裁による政事がはじまったという。
白川を越えて陸奥に入ってくる武士の数が増えたのは、鎌倉の戦が終わったあとだった。
それはまだ続いている。
しかしいま谷間の街道を通過しようとしている軍勢は、逃げ惑った北条の残党ではなかった。
新任の陸奥守の軍勢で、主上の皇子をも戴いているのだという。
白川の北で、陸奥へ流れこんでくる武士たちの見張りをしていたのは、弟の次郎である。
どういう武士が、どこへむかったということは、知っておく必要がある。
太郎自身で軍勢を見てみようという気になったのは、皇子を戴いた陸奥守というだけでなく、その陸奥守がまだ十六歳でしかないということに、ひどく興味をそそられたからである。
「兄者、物見が通過していきます」
三郎が指さした。
自分から見ると子供としか思えない三郎でさえ、すでに二十歳に達している、と太郎はふと思った。
十六歳の陸奥守に、なにができるというのか。
まして皇子は六歳なのだという。
「先遣隊。それから本隊の物見。まずは定石通りの行軍かと思えますが」
二百ほどの先遣隊が通っていったのは、半刻ほど前だった。
武装はそれほど仰々しくなく、軍勢は整然としていた。
それでなにがわかるものでもない。
戦をせず、ただ街道を進んでいく軍勢である。
「本隊です」
三郎は眼を輝かせていた。
鎧の色。
馬具。
旗。
陸奥では見られぬ、きらびやかな軍勢であった。
およそ千五百。
それを三隊に分けて進んでいる。
「高所からの攻撃への備えか」
白川を通過した時、千五百はひとつに連なっていたと、物見は報告してきている。
谷間を通る時に速やかに三つに分かれることができるのは、しっかりと統制がとれているからだ。
それに用心深い。
十六歳の少年の用心深さとは、太郎にはとても考えられなかった。
...続きは本書でどうぞ
風に霙が混じりはじめていた。
樹木が哭いている。
やがて空も哭きはじめるだろう。
この季節、一度荒れはじめると、大抵は翌朝まで続く。
しかしまだ、根雪になるほどの雪は降るまい。
白川からほぼ五里。
谷間を縫う街道を見降ろせる、切り立った崖の上である。
ここ数年、都の騒擾は遠いこの陸奥までも伝わってきた。
そして今年の初夏になったばかりのころ、鎌倉の幕府が倒れた。
都では、主上の直裁による政事がはじまったという。
白川を越えて陸奥に入ってくる武士の数が増えたのは、鎌倉の戦が終わったあとだった。
それはまだ続いている。
しかしいま谷間の街道を通過しようとしている軍勢は、逃げ惑った北条の残党ではなかった。
新任の陸奥守の軍勢で、主上の皇子をも戴いているのだという。
白川の北で、陸奥へ流れこんでくる武士たちの見張りをしていたのは、弟の次郎である。
どういう武士が、どこへむかったということは、知っておく必要がある。
太郎自身で軍勢を見てみようという気になったのは、皇子を戴いた陸奥守というだけでなく、その陸奥守がまだ十六歳でしかないということに、ひどく興味をそそられたからである。
「兄者、物見が通過していきます」
三郎が指さした。
自分から見ると子供としか思えない三郎でさえ、すでに二十歳に達している、と太郎はふと思った。
十六歳の陸奥守に、なにができるというのか。
まして皇子は六歳なのだという。
「先遣隊。それから本隊の物見。まずは定石通りの行軍かと思えますが」
二百ほどの先遣隊が通っていったのは、半刻ほど前だった。
武装はそれほど仰々しくなく、軍勢は整然としていた。
それでなにがわかるものでもない。
戦をせず、ただ街道を進んでいく軍勢である。
「本隊です」
三郎は眼を輝かせていた。
鎧の色。
馬具。
旗。
陸奥では見られぬ、きらびやかな軍勢であった。
およそ千五百。
それを三隊に分けて進んでいる。
「高所からの攻撃への備えか」
白川を通過した時、千五百はひとつに連なっていたと、物見は報告してきている。
谷間を通る時に速やかに三つに分かれることができるのは、しっかりと統制がとれているからだ。
それに用心深い。
十六歳の少年の用心深さとは、太郎にはとても考えられなかった。
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