いつか友よ いつかともよ
  挑戦シリーズⅤ

「心の痛みを忘れない猛獣、そういうのを狼というのよ」
水野竜一の耳に女がささやいた。
ペルーの村を離れ、カナダの山奥へ流れた彼はひとりの日本人少年に逢う。
殺された父親の復讐のために強くなりたいという少年を、竜一は一人前のコマンドに仕立て上げる。
だが、巨大な組織の前に、少年の力はあまりにも非力だった。
ついに「狼」は立ちあがる。

<単行本>1988年10月 刊行
<文庫本>1990年 9月25日 初版発行

夜明け

白い光。
鮮やかというより、むしろ鈍い光だ。
そういう状態が一番切れ味がいいことを、経験から学んでいた。
刃に親指を立てると、ひっかかるような感じになる。
手入れは欠かさないようにしているので、滑らかな砥石をちょっと使うだけで、切れ味は戻る。
水野竜一は、ナイフの水気を丁寧に拭い取ると、鞘に納めた。
銃とナイフ。
それから小型の山刀のような鉈の手入れは怠らない。
竜一にとっては、物ではなく友達のようなものだった。
小さな小屋。
壁は石で、隙間は粘土で埋めこんである。
屋根は急な傾斜をつけた板で、さらに針葉樹の皮を四角に切って瓦のように葺いた。
それで寒さはかなりしのげるし、雪も滑り落ちてあまり多くは積もらない。
床も板で、天井は半分だけである。
そこはほんとうは天井ではなく、竜一のベッドなのだ。
ガラスが二重になった、小さな木の枠の窓。
それで昼間は光がとれる。
小屋の材料の大部分は、二時間ほど下ったところにある、朽ちた小屋を分解して運びあげたものだった。
十年ほど前まで、森林伐採のための小屋として使われていたものらしい。
そばに川があり、伐採した木材はそこから流せる。
かなり広い範囲の伐採が行われた跡があるが、それもわからなくなりかけていた。
そこは森林地帯の端のところで、さらに奥に進むと山岳部に入り、樹木は少なくなり、やがて灌木と岩だけになってしまう。
川も急流になる。
竜一のところへは勿論、下の小屋へやってくる人間も、ほとんどいなかった。
街へ行くには、下の小屋からカヌーを使って六十キロ近く下らなければならない。
二カ月に一度ほど、毛皮を運んで下っていき、必要なものを買ってくる。
そういう生活が、一年数カ月続いていた。
ペルーの高山地帯のように、不毛ではなかった。
薪にする灌木は、すぐに手に入る。
川には魚もいる。
小屋の中には、小さなテーブルとイスと暖炉があるだけだった。
壁には、乾かすための毛皮が吊るされている。
それは、天候のいい時は陽の光の下に出す。
小屋の周囲の灌木は刈り取ってあって、丸太を組んだ物干しのようなものが二つ作ってある。
縮まらないように、毛皮をそこに張るのだ。
この部屋へは、四人の男が訪ねてきた。
ほんとうの猟をしたがっている男たちだった。
ランドクルーザーで熊のいる場所まで登り、案内人が言うままに猟銃を発射する。
そういう狩猟を嫌い、自分の足で獲物を追おうとしている男たちだったのだ。

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