北方謙三
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冬の狼 ふゆのおおかみ
  挑戦シリーズⅡ

「あたしの誇りは竜よ。あたしの狼、冬に向かって走る狼」女は唇を重ねる。
水野竜一が戻ってきた。
2年間、ペルーでゲリラとなり、殺人術と大いなる誇りを身につけて。
だが、かつて生命を賭けて共に闘った深江は行方不明だった。
深江を探す竜一の前に、銃弾の暴量が立ちふさがる。
仲間が死ぬ。
老警部「おいぼれ犬」の姿がチラつく。
巨大な、姿を見せぬ敵に、ゲリラ戦士竜一がついに牙をむいた。

<単行本>1985年 7月 刊行
<文庫本>1990年 7月25日 初版発行

出会い

三年ぶりの日本だった。
水野竜一は、バゲッジ・タグの半券を係員に示して、税関へ降りていった。
空港は、まったく変わっていない。
税関の前の人の列。
中年の男の後ろに付いた。
ほとんどの旅行者が大きなスーツケースを持っているが、竜一はハンティングワールドの中型のショルダーバッグひとつだった。
「申告するものは、ないんだね?」
竜一の番になると、税関の係員は帽子を被り直して言った。
「中を見せて貰おうか」
黙って、竜一はハンティングワールドのファスナーを開けた。
前に並んでいた連中は、ほとんどフリーパスだった。
自分だけがバッグの中身を調べられることに、大して不満は感じなかった。
この風体なら、自分が税関の係員だとしても怪しむだろう。
バッグの中身は、半分が空だった。
二、三枚の衣類。
ハーモニカ。
ホールディングナイフ。
嵩が張っているのは、ポンチョふうの防寒着だけだった。
「これは?」
職員の手がバッグの奥へ伸び、汚れた布を摑み出した。
「旗かね、これは?」
頷いた。
職員はちょっと肩を竦め、行っていいと手で合図した。
自動ドアを二つ通り抜け、外へ出た。
煙草をくわえ、それから竜一は曇った空にちょっと眼をやった。
ツイてない。
もっと晴れた、明るい空を想像していた。
「乗るのかね?」
タクシーがドアを開けて待っている。
竜一はバッグをドアの中に放り込んだ。
「芝浦だ」
運転手が頷く。
シートに身を沈めると、眼を閉じた。
「どこから?」
ちょっと訛りのある言い方で、運転手が訊いた。
「地の果てからさ」
「地の果てね。アラスカかどこか?」
運転手は、冗談と取ったようだ。
竜一は答えなかった。

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