危険な夏 きけんななつ
  挑戦シリーズⅠ

「金に尻尾を振って集まってくる連中じゃ、勤まりそうもない仕事だよ」
バイト学生の水野竜一に深江は言った。
自室の壁にペルーの地図を貼り、いつかその地にはばたきたいと夢見ている竜一は、そのひとことで心を決めた。
20億円もの金に目もくれない男たちが、自らの肉体と知恵を武器に巨大企業を追いつめてゆく。
竜一21歳、暑くて危険な夏が始まった。

<単行本>1985年 1月 刊行
<文庫本>1990年 7月25日 初版発行

出会い

風に、吹き飛ばされたようなものだった。
自分の躰が浮きあがり、宙を飛び、路面に叩きつけられるのを、水野竜一は他人事のように見ているような気がした。
立ちあがる。
気持よりさきに、躰が立ちあがる。
「やめときなよ、坊主」
声が浴びせられた。
宥めるような口調が、竜一の心のどこかを、刃のように切った。
頭を低くし、もう一度男の躰にむかって突進した。
手応えもなにもなく、竜一はたたらを踏んで、かろうじて自分の躰を止めた。
一瞬見失った男の姿が、背後にあった。
頭に血が昇った。
最初に投げ飛ばされたのは、はずみみたいなものだ。
半分は、自分の力で飛んでいった。
男の躰のどこかを摑んでいれば、無様な恰好はしなくて済んだはずだ。
自分を落ち着かせた。
動き出そうとする躰を、なんとか押し止めた。
ただ突っこんでいくだけでは、また投げ飛ばされる。
こっちの力を利用する方法を心得ている男だ。
呼吸を、三つ数えた。
その間、男は両手をダラリとさげたまま、動こうとさえしなかった。
踏み出した。
男の右手がちょっと動いた。
二歩目は、路面を蹴っていた。
ぶつかる、そう思った瞬間に、竜一は肘を付き出すようにして腰を回転させた。
肘が、男の躰のどこを打ったのかは、わからなかった。
手応えはあった。
かすかに、息を吐く音も聞えた。
それでも、男は倒れなかった。
「くらえっ」
竜一は、ちょっと前屈みになった男の腹を蹴りあげた。
重い、砂の袋でも蹴りあげるような感じだった。
男が、片膝をつく。
立ちあがる余裕は与えなかった。
もう一度蹴りあげた竜一の足が、男の躰の中に喫いこまれていった。
慌てて足を引こうとした時、竜一は尻から地面に落ちていた。
躰を回転させ、摑まれた足を振り払った。
立ちあがった。
男も立っていた。
止めようとしても、荒い息が口から飛び出していく。
「やってくれるじゃねぇか、坊主」
男が、一歩踏み出してきた。
竜一は、思わず引き退がりそうになった。
くそっ。
声になって出た。
自分のその声が、竜一を踏み止まらせた。
「消えちまえ。見逃してやるからよ」
もう一歩踏み出しながら、男が言った。
両手は、相変わらずダラリとさげたままだ。

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