三国志 十二の巻
  霹靂の星(へきれきのほし)

英雄は去り行く。
劉備の意志を受け継いだ諸葛亮は、疲弊した蜀の国力を一年で回復させた。
蜀に残された道を進むべく、孔明は、自ら豪族たちの蔓延る南中の平定を目指す。
一方、大軍を率いて呉に敗退した魏帝曹丕は、周囲の反対を押し切り、再び広陵への親征を強行する。
だが、度重なる敗戦は彼の身体をも蝕んでいく。
魏の侵攻を悉く退け、さらなる飛躍の機を伺う陸遜。
孔明の乾坤一擲の北伐策に、その武勇を賭ける趙雲。
遺された志に光は射すのか。
北方謙三の〈三国志〉慟哭の第十二巻。

霹靂の星 目次
 南中の獅子
 さらば原野よ
 北への遠い道
 天運われにあらず
 再起するは君
 老兵の花
南中の獅子

趙雲が鍛えていた二万の兵が、ようやく精鋭と呼べるほどに育ってきた。
新兵の徴集は続けていて、さらに一万の部隊も編成されている。
民政は整っていたが、徴税は厳しく、民は疲弊していた。
一時的なことだと、看過できないほどのものである。
このままでは、農民が流亡しかねない、と李恢や蔣涴は本気で危惧していた。
軍が再び強力になってきたので、叛乱の気配はない。
その軍を維持する兵糧の蓄えも、かなりのものになった。
劉備が死んで、一年が経とうとしていた。
丞相としてなすべきことの、すべてをなしてきたという思いが、孔明にはあった。
しかし、劉備の志を継いでいる、とはまだ言えない。
国力を回復させただけのことだ。
漢王室の再興。
それが、この国で成し得るのか。
いまは、ようやく魏や呉に攻められないだけの力を持った、という段階に過ぎない。
この一年、乱世は束の間の平穏の中にあった。
それは、さらに大きな動乱の予兆を孕んだ静けさなのだった。
魏、呉、蜀と、国土は三つに分かれたままだ。
その中で蜀が生き残れるか、ということなど孔明は考えていなかった。
魏と呉を併呑し、国土をひとつに統一する。
そして、漢王室の帝を立てる。
それが、劉備とともに抱いた志だった。
蜀はまだ、三国の中では最小、最弱と言うしかない。
しかし、道は残されている。
国土が二分ではなく、三分であるからだ。
最強の魏も、呉と蜀の二国を相手にすれば、決して安泰というわけではない。
昨年の秋から、呉との同盟について、秘かな交渉をはじめていた。
呉と同盟せよというのは、劉備の遺言でもあった。
死を前にして、劉備は透徹した眼を取り戻し、蜀のとるべき道をしっかりと見定めたのだ。
同盟の下交渉は、鄧芝という文官が当たっている。
呉側の担当者は、孔明の兄でもある諸葛瑾で、鄧芝は孔明が驚くほどのしたたかさを発揮し、ついに呉の使者が成都を訪問するというところまで話を展開させていた。
死んだ人間も多いが、各方面で育ってきている者もまたいるのだ。
軍は充実を取り戻しつつあるが、将軍だけは別だった。
趙雲以外は、みんなまだ小粒なのだ。
実践を重ねていけば、大きく育つというものでもなかった。
無理なことを望んでいる、という気持ちが孔明の底にはあった。
なにしろ、比べている将軍が、関羽、張飛、馬超という、どのひとりをとってもこの乱世で屹立していた英傑なのだ。
趙雲が残っていることが、救いだった。
若い将軍たちは、英傑の大きさにまだ接することはできる。
孔明は、丞相府の奥にある居室に、ひとりで籠ることが多くなった。
実務は、ある程度文官たちの任せても、心配はなくなったからである。
ひとりで考えるのは、蜀がいつ北進できるのか、ということばかりだった。
そのために、どれほどの条件を整えなければならないのか。
天険に恵まれた蜀を守ることだけなら、たやすいことである。
民政を充実させ、無理のない規模の精強な軍を擁していれば、魏や呉が攻めこんできたとしても、間違いなく打ち払える。
しかしそれでは、蜀漢として国を建てた意味がなくなるのだ。
漢王室再興の志。
国家のありようとはどんなものか、という考えに基づいた志だった。
それがあればこそ、戦をして、兵を死なせ、民を苦しめることも許される。
劉備を頂点に頂いて、その志を果たすことができなかったという、痛恨の思いはある。
できるはずだったのだ。
関羽の北進と、蜀軍の雍州進攻。
それで、この国の情勢は一変するはずだった。
孔明には、はっきりとそれが見えていた。
それが潰えたのは、やはり関羽の孤立である。
つまり、有能な軍師がいなかった。
龐統さえいれば、関羽は荊州の問題をひとりで背負うこともなかった。
呉への対策も、魏領進攻の作戦も、関羽はもっと楽にできたはずだった。

(…この続きは本書にてどうぞ)

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