楊家将 上

中国で、「三国志」を超える壮大な歴史ロマンとして人気の「楊家将」。
日本では翻訳すら出ていなかったこの物語だが、舞台は10世紀末の中国である。
宋に帰順した軍閥・楊家は、領土を北から脅かす遼と対峙するため、北辺の守りについていた。
建国の苦悩のなか、伝説の英雄・楊業と息子たちの熱き闘いが始まる。
衝撃の登場を果たし、第38回吉川栄治文学賞に輝いた北方『楊家将』、待望の文庫化。

<単行本>2003年12月 刊行
<文庫本>2006年 7月19日 初版発行

いま時が

声があがった時、騎馬隊は丘の稜線に姿を現していた。
見事な横列である。
そのまま逆落としにかかるが、隊列に乱れはなかった。
丘の下を通過中だった騎馬隊は、敏速な動きで小さくかたまった。
楊延平は、思わず手綱を握りしめた。
横列で逆落としをかけていた騎馬隊の中央が前に出て、両端が退がった。
楔のような隊形で、実際、下の百騎を鮮やかに二つに割った。
駆け抜ける。
反転した時は、小さくかたまっていた。
二つの割れた相手方の、片方にぶつかる。
圧倒的に押したが、残りの半数に背後から襲われた。
押しきれず、半数が丘を駈けあがり、反転したものの、厳しい逆落としはかけられなかった。
味方が、敵に押し包まれている。
縦列で突っ込み、押し包まれていた味方とともに、離脱するのが精一杯だった。
丘の下で、両軍が対峙する格好になった。
一度ぶつかり合ったが、こうなると勝負はつきにくい。
「やめ」
楊延平は、そばの従者に言った。
鉦が打ち鳴らされる。
三郎延輝と七郎延嗣が、並んで楊延平がいる丘に駈けてくる。
「分けだな。あれで膠着だ」
延平は言ったが、訓練用の棒ではなく、実際に武器を持っていたら、あの逆落としの楔の隊形が、すべてを決したかもしれない。
判断もいいし、その通りに兵も動く。
「遼軍とも、よくやった。七郎の逆落としは見事だったし、三郎の兵を小さくまとめたのも機敏だった」
「分けかあ。兄上は、やっぱり実践を積んでいるからなあ」
七郎が、息を弾ませながら言う。
三郎は、ちょっと強張った表情をしていた。
横列の隊形が楔のようになったときは、肌が粟立っただろう。
実践だったら負け、と思っているかもしれない。
「七郎、愉しいか?」
延平が言うと、七郎は白い歯を見せて笑い、大きく頷いた。
先年の、宋との戦には、七郎は加わることができなかった。
行きたいと言い張ったが、父が許さなかったのだ。
大して面白い戦ではなかった。
楊家軍は、帝に命じられて沢州まで南下し、宋軍と対峙した。

(…この続きは本書にてどうぞ)

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