たとえ朝が来ても
  約束の街② (ブラディ・ドール12)

かつてのパートナー、山崎進一を追いつめるために、私はこの街にやってきた。
裏切りに楔を打ち込む。そう心に決めて、山崎の居所を探った。
その直後に私を阻む不穏な動き。
山崎の背後にいるのは誰か。
あいつの裏切りは何を意味しているのか。
自分が火種になるしか、真相を暴く術はなかった。
揉め事を起こすにつれて、明らかになる街の権力抗争。
傷ついた男たちの癒えぬ哀しみ。
そして、黙した女に秘められた愛。
それぞれの夢と欲望が交差する瞬間、虚飾の街は熱く昴ぶる夜を迎える。
孤高の大長編ハードボイルド。

<単行本>平成6年 1月 刊行
<文庫本>平成8年10月25日 初版発行

女房

別の世界が拡がっていた。
トンネルを潜る前とは、陽の光まで違うもののような気がする。
私は、苦笑した。
トンネルを出た通の名が、リスボン・アヴェニューときたのだ。
そのくせしばらく走ると、二の辻という古めかしい名の交差点があった。
私はそこを左に曲がった。
日向見通りという、これまた古い名だったが、ちらりと見えた袖看板の多い通りは、サンチャゴ・アヴェニューと表示されている。
住所と番地を辿った。
不意に、古い家の多い地域に入った。
そこには逆に新しいものはなにもなく、家並みも郵便ポストも店に出ている看板も、みんな古かった。
「なんだってんだ、ここは」
思わず、声に出して呟いてしまうほどだった。
それでも、町名と番地は少しずつ近づいてきている。
路地の手前で、車を停めた。
降りると、しっかりとロックする。
いまでは、このポルシェだけが、私の全財産だった。
911カレラ2。
一年前に、即金で買った。
走行は、ようやく8千キロに達している。
番地を追いながら、私は歩いた。
まるで東京の下町という感じの町家並みで、玄関先に盆栽などが並べられた家もある。
ようやく、見つけた。
山崎という表札が、ちゃんとかかっていた。
チャイムを鳴らす。
しばらくして出てきたのは、スポーツ刈りにした男の子だった。
中学生になったばかりか、と私は見当をつけた。
「お父さんは?」
「いません」
「お母さんは?」
「仕事に行ってます」
「仕事ってどこへ?」
「どなたですか?」
母親の居所を喋らないというより、きちんと躾がしてあるという感じだった。
「これは失礼。波崎という者で、御両親にちょっと訊きたいことがあって、東京から来たんだ」
「母は、夕方まで帰りません」
少年が、足首に繃帯を巻いていることに、私は気づいた。

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