史記 武帝紀 2


中国前漢の時代。
若き武帝・劉徹は、匈奴の脅威に対し、侵攻することで活路を見出そうとしていた。
戦果を挙げ、その武才を揮う衛青は、騎馬隊を率いて匈奴を撃ち破り、念願の河南を奪環することに成功する。
一方、劉徹の命で西域を旅する張騫は、匈奴の地で囚われの身になっていた―――。
若き眼差しで国を旅する司馬遷。
そして、類希なる武才で頭角を現わす霍去病。
激動の時代が今、動きはじめる。

 目次
 転蓬あり
 草棘の果て
 無窮
 柯條あれども
 白搭朱楼
転蓬あり

無蓋の馬車が、好きだった。
ふだんは六頭だての馬車で、副車も数台ついていくる。
劉徹は、健章宮から長安にむかい、軽やかに走った。
四頭だてである。
たてがみを切り揃えた白馬は、選りすぐったものだった。
調教もしっかりしてあるので、脚並みに乱れはない。
この軽やかさと、頭上になにもないところが、好きな理由だろう。
城内に入ると、道には平たな石が敷きつめてある。
馬車の振動も、城外とはまるで違ったものだった。
揺れが細かくなるのだ。
前後は、禁軍の五十騎ずつが挟んでいる。
以前は、どんな外出でも、二百騎がついていた。
多すぎる、と二、三十騎に絞ろうとしたが、周囲が承知しなかった。
百騎というのは、妥協した結果だった。
廷臣も禁軍も、それぞれの任務を負っている。
わがままを通すことは、その者たちがいなくてもいい、というようなものだから、劉徹は妥協した。
正式の外出の時は、六頭だての馬車で、禁軍も一千騎はつける。
副車も、華やかなものにした。
そういう移動を、劉徹は好きではなかった。
まず、速く動くことが出来ない。
気軽に方向を変えることもできない。
大規模な改築をしている健章宮の検分などに、時をかけたくなかった。
北宮に入り、劉徹はそのまま淑房殿へ行った。
北宮に入るには、前触れなどをやる慣習だが、それを守ったことはあまりない。
いきなり訪うと、北宮はかなり混乱するが、それを愉しみたいような気分も、劉徹にはある。
人は、混乱している時の方が、ほんとうの姿を見せる。
それは、男も女も同じだった。
ただ、淑房殿の衛子夫だけは、慌てる姿を見せたことがない。
そのまま閨房に入っても、いつもきれいな躰をしていた。
「腹が減った」
套衣を脱ぎ捨て、独房に腰を降ろして、劉徹は言った。
衛子夫が、劉徹の革の鞮を脱がせ、絹の履にはき替えさせた。
酒と、干魚を焼いたものが、すぐに運ばれてきた。
劉徹はそれを手で摑み、食らいつくと酒を飲んだ。
劉徹の手を、衛子夫が濡れた布で拭った。
劉徹の躰に触れなければならないところは、衛子夫はほとんど女官任せにせず、自分でやる。
「魚が、足りぬな」
言った時、香草をつけて焼いた、羊の肉が運ばれてきた。
そうすると、もう羊の肉が食いたかった、としか思えなくなる。
はじめに出したもので、衛子夫は劉徹の腹具合を正確に見てとり、料理を命じているようだ。
はじめは感心したが、それにも馴れた。
自分は、帝である。
顔を見て、なにを食したいか察し、速やかにそれを出すのが、周囲の者のつとめである。
特に、北宮内ではそうである、と思っていた。
「衛青が、また勝って戻ってきた」


(…この続きは本書にてどうぞ)