史記 武帝紀 1


匈奴の侵攻に脅かされた前漢の時代。
武帝劉徹の寵愛を受ける衛子夫の弟・衛青は、大長公主(先帝の姉)の嫉妬により、屋敷に拉致され、拷問を受けていた。
脱出の機会を窺っていた衛青は、仲間の助けを得て、巧みな作戦で八十人の兵をかわし、その場を切り抜けるのだった。
後日、屋敷からの脱出を帝に認められた衛青は、軍人として生きる道を与えられる。
奴僕として生きてきた男に訪れた千載一遇の機会。
匈奴との熾烈な戦いを宿命づけられた男は、時代に新たな風を起こす。

 目次
 臥竜
 遠き地平
 落暉
 鐘鼓
 征戍
臥竜

雪が、肩に降り積もっている。
大知も、白い布をまとったように見えた。
肩の雪は、振り払えない。
後ろ手で、縄を打たれているからだ。
周囲は、二十騎ほどが囲んでいる。
中尉の支配下だと言ったが、少し違う気もした。
とにかく、縄を打たれた理由は、わからなかった。
一緒にいた同僚二名は、逃げたというより、追い払われた。
自分ひとりを捕まえにきたことは、間違いない。
衛青も馬乗だったが、手綱は当然握ることはできない。
脚で馬の腹を締めつけて駈けることなど、なんでもなかった。
実父の家で奴僕として使われていたときは、裸馬に乗って、牧に放った羊を集めた。
羊を狙う獣は、馬で追い、馬上から弓矢で仕留めたのだ。
手綱なしで平然と馬に乗っている衛青に、周囲の騎兵たちは、奇異なものでも見る眼をむけてきた。
疾駆もされたが、なんなく付いていける。
落馬させて、怪我でもさせる気だったのか。
長安の城門が近づいてきた。
城郭の西にある建章宮から、長安にむかっているところーで、捕えられたのである。
陽が落ちかかっていた。
城門を潜った。
どういう罪状で捕えられたのか、考えてもやはりわからなかった。
健章宮の騎士で、将校である自分が、問答無用で捕えられること自体が、面妖ではあるのだ。
二十騎の集団を遮る者は、誰もいなかった。
人はまだ少なくなかったが、道の両端に避けている。
いやな感じが、全身を包んだ。
中尉の旗のある建物から、方向がそれたのだ。
軍の本営とも、まるで違う道筋だった。
宏壮な屋敷があった。
大長公主の屋敷である。
大長公主は、先帝の姉であり、陳皇后の母なのだった。
いやな感じの正体が、はっきり見えた。
衛青の姉、衛子夫は、宮中に入り、いまの帝の寵愛を受けている。
それに陳皇后が嫉妬していることは、聞きたくなくても、耳に入ってくる噂だった。
屋敷に入った。
馬から降ろされ、庭の木に縛りつけられた。

(…この続きは本書にてどうぞ)