再会

八年ぶりの横浜。
そこで男たちは偶然出会う。
密輸貿易で生死を共にし、足を洗ってからはお互いの消息さえも知らない二人だった。
そんな彼らを再び結びつける汚れた罠とは何なのか。
夜の港にとどろく弾丸の音。
男たちは過去に落とし前をつける時が来たと感じる。
それは静かな生活の終わりを意味していた。
滅びの美学を描くハードボイルド長編。

<単行本>1995年 6月 刊行
<文庫本>平成10年 4月25日 初版発行

第一章

やすに刺したままの魚を、熾火の上に翳していた。
そうやってじっくり焼くと、魚にも味が出てくる。
陽が島かげに近づいていた。
白い砂のところどころが、光って見えた。
このビーチだけには、そういう砂があった。
砂の粒子はいくらか粗く、光っているところを濡れた指先で触れると、白い粒子に混じって透明な粒子がいくつか付着してくる。
満潮の時は、波打際から三十メートルほど沖までの海底は砂地で、それから珊瑚礁が現れはじめ、魚も突けるのだった。
「リック」
仁科は丘の方に声をかけ、濡れた躰にシャツを着こんだ。
リックが、灌木の茂みから飛び出してきた。
やすの柄を持って、魚に息を吹きかける。
リックは、大人しくそばに座っていた。
仁科は、指で魚の片身を骨からはずした。
それを、焼けていない石の上に置く。
それからやすに刺したままの魚に食らいついた。
舌の上で転がし、細かく息を吐いては吸って冷やしていった。
噛みしめる。
魚の味が口の中に拡がった。
「いいぞ、リック」
言うと、リックは岩の上の魚に首をのばし、ひと口で平らげた。
グレートデンの、五歳の雄である。
聞き分けはよかった。
魚を骨だけにしてしまうと、それは燠火の中に突っこんだ。
きれいに焼いてしまう方がいいのだ。
捨てておくと、土の帰るまでに時間がかかる。
人の姿はなかった。
夏になると、このあたりでも都会の人間をよく見かける。
ビーチのすぐ後ろの丘まではダートだが道があって、四輪駆動車なら平気でやってくるのだ。
仁科は、掌に砂を掬って、しばらく見つめていた。
透明な粒子は、石英でもなければ、雲母のような鉱物でもない。
貝なのかもしれないとよく思ったが、透明な貝殻があるのかどうか、知識はなかった。
濡れたシャツが、乾きはじめていた。

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