盡忠報国
岳飛伝・大水滸読本
執筆開始より17年の時を経て完結した北方大水滸伝、全51巻。
『替天行道』、『吹毛剣』に続く、本シリーズの読本としては3冊目。
今回はWeb限定で公開されていた登場人物たちと北方謙三が邂逅する掌編「やつら」や、小説すばる連載時に毎回書き連ねられたオリジナルの漢詩、著名人たちとの熱い対談や、恒例の編集者からの手紙、いのうえさきこによる漫画「圧縮大水滸伝」も収録。
内容充実のオリジナル文庫。
岳飛伝・大水滸読本
執筆開始より17年の時を経て完結した北方大水滸伝、全51巻。
『替天行道』、『吹毛剣』に続く、本シリーズの読本としては3冊目。
今回はWeb限定で公開されていた登場人物たちと北方謙三が邂逅する掌編「やつら」や、小説すばる連載時に毎回書き連ねられたオリジナルの漢詩、著名人たちとの熱い対談や、恒例の編集者からの手紙、いのうえさきこによる漫画「圧縮大水滸伝」も収録。
内容充実のオリジナル文庫。
岳飛伝・大水滸読本 目次
岳飛伝クロニクル
[対談1]日本人だからこそ書けた英雄たちの物語 張 競/北方謙三
岳飛伝の日常 北方謙三
[インタビュー1]『岳飛伝』第十巻刊行に寄せて 北方謙三
まだ時計が動いている 北方謙三
[インタビュー2]〝小説の神様〟は、いる 北方謙三
『岳飛伝』―― その虚と実 川合 章子
[対談2]生きている限り、物語は続く 宮崎 美子/北方謙三
最後の一行を読み終える日に 吉田 伸子
[対談3]或る漢たちの時代 江夏 豊/北方謙三
[対談4]「大水滸伝」と『キングダム』 原 泰久/北方謙三
やつら 北方謙三
作者から読者へ 北方謙三
岳飛伝年表
漢詩 + 装画
「大水滸伝」を振り返る 山田 裕樹
忘れ得ぬものたち
圧縮大水滸伝 いのうえ さきこ
岳飛伝クロニクル
[対談1]日本人だからこそ書けた英雄たちの物語 張 競/北方謙三
岳飛伝の日常 北方謙三
[インタビュー1]『岳飛伝』第十巻刊行に寄せて 北方謙三
まだ時計が動いている 北方謙三
[インタビュー2]〝小説の神様〟は、いる 北方謙三
『岳飛伝』―― その虚と実 川合 章子
[対談2]生きている限り、物語は続く 宮崎 美子/北方謙三
最後の一行を読み終える日に 吉田 伸子
[対談3]或る漢たちの時代 江夏 豊/北方謙三
[対談4]「大水滸伝」と『キングダム』 原 泰久/北方謙三
やつら 北方謙三
作者から読者へ 北方謙三
岳飛伝年表
漢詩 + 装画
「大水滸伝」を振り返る 山田 裕樹
忘れ得ぬものたち
圧縮大水滸伝 いのうえ さきこ
日本人だからこそ書けた英雄たちの物語
岳飛と秦檜
張 『岳飛伝』、大変おもしろく拝読させていただいております。
北方 ありがとうございます。
張 岳飛については、中国でも『説岳全伝』をはじめとして、芝居や講談なども多く上演されていますが、それらとの違いに驚きながらも、大変感銘を受けました。
この作品の構想は、『水滸伝』のときからあったのでしょうか。
北方 大水滸伝は、全五十巻にしたいというのが最初にあったんですよ。
もちろん最初は、そんな巻数を書かせてもらえるかどうかわかりませんでしたから、まずは『水滸伝』十九巻を書いた。
幸い読者に受け入れられ、続編の『楊令伝』十五巻を書くことができました。
その中で、岳飛という人物の存在が自分の中で大きくなっていき、読者の皆さんも書け書けと言ってくれたので、『岳飛伝』を始めようという形になったんです。
張 『岳飛伝』というタイトルから、岳飛が中心となる物語を想像しますが、今まで読んできたファンからすれば、梁山泊や、生き残った英雄たちのその後も当然気になります。
大水滸伝の完結編として、岳飛と梁山泊のどちらをメインに描いていくのか。
個人的に非常に興味を持っていたのですが、拝読して、なるほどと思いました。
岳飛と梁山泊の人間たちとの間に関係性を持たせ、双方で対照を成しながら展開していく。
北方 岳飛を通して見れば、梁山泊という存在がはっきりしていくだろうと考えたんですよ。
楊令の築いた梁山泊が、国のようにしてありますが、現実問題としていつまでも中原の真ん中に存在しているわけにはいかない。
そこで出てくるのが物流です。
金国から南宋、さらに南方まで全てつながるような物流を掌握することで、大きな力を持つ。
すると、梁山泊が国であるという概念も変わっていくんですね。
それは岳飛 目指すものと重なる部分があります。
だからこそ 彼 の 視点 から 描け ば、 見えてくるものがあるだろうと。
『楊令伝』では、国家の建設を書かなけれ ば なら なかったので、 個人の人生についてあまり言及できなかった。
『岳飛伝』では、岳飛を含めて、生き残った人々の人生をそれぞれ書くというのが一つのテーマです。
張 中国で岳飛は国民的な英雄で、様々な伝説が残されています。
一方で、その伝説に縛られている部分もあって、中国の作家が岳飛を書いても、型通りの英雄譚にしかならないんですね。
北方先生の書く岳飛には、そういう制約が全くなく、実に自由に動いている。
北方 史実で岳飛が死んだとされる年を、作中ではすでに過ぎていますからね。
そこから先は、作家の自由だという思いがあります。
張 それから秦檜の人物像も興味深かった。
中国では売国奴の大悪人ですから。
杭州に岳王廟という岳飛の墓がありまして、その前に縄で縛られた秦檜夫婦が正座している像が建てられているんです。
それに唾を吐きかけるという風習がいまだに残っているほどですよ。
北方 歴史的に見れば、売国奴とされても仕方ないかもしれませんが、それでも確かな政治手腕は持っていたと思うんですね。
南宋は経済力という点では非常に豊かで、それは秦檜の政策によるところが大きいでしょう。
張 確かに科挙試験では首席で合格するなど、大変に才能があった人です。
金国への売国とされる行為にも、実は正当な理由があったという説が最近になって出てきてはいます。
ですが、やはりまだ悪人というイメージは払拭されていませんね。
北方 後世の人間 は、当時の国の状況や、他国との関係性を知らないから、批判的になってしまうんでしょうね。
どうしても現代的な視点で見てしまう。
では、秦檜ではない人間が宰相になっていたとしたら、上手くいっていたかというと、決してそんなことはない。
限られた国力をどう動かすか考えた末に、秦檜はそういう政策をとらざるを得なかったところもあると思います。
『岳飛伝』の女性たち
張 『岳飛伝』の中で非常に気になっているのが、韓世忠の妻の梁紅玉なんです。
梁紅玉についての歴史的事実はさほど多くないのですが、彼女にまつわる伝説はたくさんあります。
それによると、方臘の乱を平定した後、秦檜が祝宴会を開いて、その際に梁紅玉は妓女として招かれた。
宴会に出ていた韓世忠が彼女に一目惚れして、二人は夫婦になったそうです。
梁紅玉には戦略の才もあり、金軍の兀朮が十万の兵を率いて南下した際に、策を韓世忠に進言し、八千の兵で見事に金軍を撃退した海戦の逸話があります。
北方 作品の中では、そうした人物像とかなり異なります。
性格に荒っぽい部分があり、戦でも失敗をする。
韓世忠との夫婦仲が上手くいかなくなり、船を率いて海を流浪する中で、四国の阿波という国まで行き着きます。
そこで炳成世という人物と出会い、日本と南宋との貿易の要として動いていく。
張 梁紅玉というのは、実は中国の人々の間では非常に人気のある人物なんです。
芝居にもなっていて、広く民衆に知られています。
なぜそこまで支持されるのかというと、宋の時代というのは男が全く駄目なんですね。
目先の利益しか見えていなくて、その先の将来が全く予想できない男ばかりだった。
そういう時代だからこそ、才のある女性が前に出てくる。
その代表として梁紅玉がいるんです。
北方 では、『岳飛伝』を読んだ中国の方に怒られてしまうかもしれませんね(笑)。
ただ、彼女は秦檜に目をかけられていますし、南宋と日本との橋渡し役として、これから何かしらの活躍はするだろうと思います。
張 『岳飛伝』の中では他にも活躍する女性がいますよね。
例えば、西遼の皇后となった顧大。
北方 西遼を作った耶律大石が死んだ後、塔不煙という皇后が執政をとるんですが、彼女が何者かというのは、史実としてはっきりしない部分があります。
そこから、顧大が皇后であったらと考えて書いたんですよ。
張 実は、それは十分にあり得る話だと思うんです。
西遼は契丹族の国ですが、契丹族というのは漢民族の文化に対して非常に憧れを持っていたんですね。
漢の服装や書物などの文化と風習を積極的に取り入れて、名前さえも漢民族のものに変えたりした。
漢民族の人間を妻にするというのは、この周辺の民族に共通しているいるんです。
漢の時代、現在のキルギスの辺りに烏孫という国がありまして、その国王がやはり漢の皇帝から妻を賜っています。
烏孫の王はすでに老人ですから、結婚してもまともに相手ができない。
烏孫には、自分の妻を息子や孫と結婚させるという古い慣習が残っていました。
ですからこの国王も、「次はわたしの孫と結婚しなさい」と妻に命じたそうです。
漢にはそのような慣習はありませんから、妻は非常に驚きました。
漢に帰らせてほしいと皇帝に文を送りますが、許されなかった。
仕方なくその孫と結婚したんですが、むしろ年齢も近く、子どもも生まれ、夫婦関係も大変上手くいったそうです。
そのように、漢民族を妻にすることは一種のステータスだった。
ですから、顧大が耶律大石に嫁いでいくことには説得力があるんです。
(…この続きは本書にてどうぞ)
岳飛と秦檜
張 『岳飛伝』、大変おもしろく拝読させていただいております。
北方 ありがとうございます。
張 岳飛については、中国でも『説岳全伝』をはじめとして、芝居や講談なども多く上演されていますが、それらとの違いに驚きながらも、大変感銘を受けました。
この作品の構想は、『水滸伝』のときからあったのでしょうか。
北方 大水滸伝は、全五十巻にしたいというのが最初にあったんですよ。
もちろん最初は、そんな巻数を書かせてもらえるかどうかわかりませんでしたから、まずは『水滸伝』十九巻を書いた。
幸い読者に受け入れられ、続編の『楊令伝』十五巻を書くことができました。
その中で、岳飛という人物の存在が自分の中で大きくなっていき、読者の皆さんも書け書けと言ってくれたので、『岳飛伝』を始めようという形になったんです。
張 『岳飛伝』というタイトルから、岳飛が中心となる物語を想像しますが、今まで読んできたファンからすれば、梁山泊や、生き残った英雄たちのその後も当然気になります。
大水滸伝の完結編として、岳飛と梁山泊のどちらをメインに描いていくのか。
個人的に非常に興味を持っていたのですが、拝読して、なるほどと思いました。
岳飛と梁山泊の人間たちとの間に関係性を持たせ、双方で対照を成しながら展開していく。
北方 岳飛を通して見れば、梁山泊という存在がはっきりしていくだろうと考えたんですよ。
楊令の築いた梁山泊が、国のようにしてありますが、現実問題としていつまでも中原の真ん中に存在しているわけにはいかない。
そこで出てくるのが物流です。
金国から南宋、さらに南方まで全てつながるような物流を掌握することで、大きな力を持つ。
すると、梁山泊が国であるという概念も変わっていくんですね。
それは岳飛 目指すものと重なる部分があります。
だからこそ 彼 の 視点 から 描け ば、 見えてくるものがあるだろうと。
『楊令伝』では、国家の建設を書かなけれ ば なら なかったので、 個人の人生についてあまり言及できなかった。
『岳飛伝』では、岳飛を含めて、生き残った人々の人生をそれぞれ書くというのが一つのテーマです。
張 中国で岳飛は国民的な英雄で、様々な伝説が残されています。
一方で、その伝説に縛られている部分もあって、中国の作家が岳飛を書いても、型通りの英雄譚にしかならないんですね。
北方先生の書く岳飛には、そういう制約が全くなく、実に自由に動いている。
北方 史実で岳飛が死んだとされる年を、作中ではすでに過ぎていますからね。
そこから先は、作家の自由だという思いがあります。
張 それから秦檜の人物像も興味深かった。
中国では売国奴の大悪人ですから。
杭州に岳王廟という岳飛の墓がありまして、その前に縄で縛られた秦檜夫婦が正座している像が建てられているんです。
それに唾を吐きかけるという風習がいまだに残っているほどですよ。
北方 歴史的に見れば、売国奴とされても仕方ないかもしれませんが、それでも確かな政治手腕は持っていたと思うんですね。
南宋は経済力という点では非常に豊かで、それは秦檜の政策によるところが大きいでしょう。
張 確かに科挙試験では首席で合格するなど、大変に才能があった人です。
金国への売国とされる行為にも、実は正当な理由があったという説が最近になって出てきてはいます。
ですが、やはりまだ悪人というイメージは払拭されていませんね。
北方 後世の人間 は、当時の国の状況や、他国との関係性を知らないから、批判的になってしまうんでしょうね。
どうしても現代的な視点で見てしまう。
では、秦檜ではない人間が宰相になっていたとしたら、上手くいっていたかというと、決してそんなことはない。
限られた国力をどう動かすか考えた末に、秦檜はそういう政策をとらざるを得なかったところもあると思います。
『岳飛伝』の女性たち
張 『岳飛伝』の中で非常に気になっているのが、韓世忠の妻の梁紅玉なんです。
梁紅玉についての歴史的事実はさほど多くないのですが、彼女にまつわる伝説はたくさんあります。
それによると、方臘の乱を平定した後、秦檜が祝宴会を開いて、その際に梁紅玉は妓女として招かれた。
宴会に出ていた韓世忠が彼女に一目惚れして、二人は夫婦になったそうです。
梁紅玉には戦略の才もあり、金軍の兀朮が十万の兵を率いて南下した際に、策を韓世忠に進言し、八千の兵で見事に金軍を撃退した海戦の逸話があります。
北方 作品の中では、そうした人物像とかなり異なります。
性格に荒っぽい部分があり、戦でも失敗をする。
韓世忠との夫婦仲が上手くいかなくなり、船を率いて海を流浪する中で、四国の阿波という国まで行き着きます。
そこで炳成世という人物と出会い、日本と南宋との貿易の要として動いていく。
張 梁紅玉というのは、実は中国の人々の間では非常に人気のある人物なんです。
芝居にもなっていて、広く民衆に知られています。
なぜそこまで支持されるのかというと、宋の時代というのは男が全く駄目なんですね。
目先の利益しか見えていなくて、その先の将来が全く予想できない男ばかりだった。
そういう時代だからこそ、才のある女性が前に出てくる。
その代表として梁紅玉がいるんです。
北方 では、『岳飛伝』を読んだ中国の方に怒られてしまうかもしれませんね(笑)。
ただ、彼女は秦檜に目をかけられていますし、南宋と日本との橋渡し役として、これから何かしらの活躍はするだろうと思います。
張 『岳飛伝』の中では他にも活躍する女性がいますよね。
例えば、西遼の皇后となった顧大。
北方 西遼を作った耶律大石が死んだ後、塔不煙という皇后が執政をとるんですが、彼女が何者かというのは、史実としてはっきりしない部分があります。
そこから、顧大が皇后であったらと考えて書いたんですよ。
張 実は、それは十分にあり得る話だと思うんです。
西遼は契丹族の国ですが、契丹族というのは漢民族の文化に対して非常に憧れを持っていたんですね。
漢の服装や書物などの文化と風習を積極的に取り入れて、名前さえも漢民族のものに変えたりした。
漢民族の人間を妻にするというのは、この周辺の民族に共通しているいるんです。
漢の時代、現在のキルギスの辺りに烏孫という国がありまして、その国王がやはり漢の皇帝から妻を賜っています。
烏孫の王はすでに老人ですから、結婚してもまともに相手ができない。
烏孫には、自分の妻を息子や孫と結婚させるという古い慣習が残っていました。
ですからこの国王も、「次はわたしの孫と結婚しなさい」と妻に命じたそうです。
漢にはそのような慣習はありませんから、妻は非常に驚きました。
漢に帰らせてほしいと皇帝に文を送りますが、許されなかった。
仕方なくその孫と結婚したんですが、むしろ年齢も近く、子どもも生まれ、夫婦関係も大変上手くいったそうです。
そのように、漢民族を妻にすることは一種のステータスだった。
ですから、顧大が耶律大石に嫁いでいくことには説得力があるんです。
(…この続きは本書にてどうぞ)