岳飛伝 十二
飄風の章
呼延凌率いる梁山泊軍と兀朮率いる金国軍が、激戦を展開していた。
両軍とも勇将を失うも、勝敗はつかず。そんな中、梁山泊水軍も動き出す。
李俊は、交易船を狙う不穏な動きを見せていた韓世忠をついに追い詰め、打ち斃す。
そして秦容と手を組んだ岳飛は、北への進撃の手始めとして南方・景隴にいる辛晃軍五万に対して攻撃を開始――。
あらゆる事態が急展開。
各々が剛毅果断に挑む第十二巻。
飄風の章 目次
訛朶の火
展船の火
地耗の夢
撻昌の火
母夜の夢
飄風の章
呼延凌率いる梁山泊軍と兀朮率いる金国軍が、激戦を展開していた。
両軍とも勇将を失うも、勝敗はつかず。そんな中、梁山泊水軍も動き出す。
李俊は、交易船を狙う不穏な動きを見せていた韓世忠をついに追い詰め、打ち斃す。
そして秦容と手を組んだ岳飛は、北への進撃の手始めとして南方・景隴にいる辛晃軍五万に対して攻撃を開始――。
あらゆる事態が急展開。
各々が剛毅果断に挑む第十二巻。
飄風の章 目次
訛朶の火
展船の火
地耗の夢
撻昌の火
母夜の夢
訛朶の火
二つの島の漁師が、沖を行く船隊を見ていた。
十五艘である。
漁師の舟は、かなり島から離れていたので、船隊が見えたのだろう。
島からは、見えないはずだ、と李俊は思った。
梁山泊船の航路にある島は、なにもかもよく心得ていて、素速く水の樽を入れ替え、炭と食糧を補給してきた。
手馴れている、と船尾楼から眺めながら李俊は感じ、漢語を喋れる男が船に乗りこんでくると、小梁山で造っている酒の瓶をひとつ渡した。
男は、李俊が歳をとっているのに、驚いたようだった。
ただ、船隊の動きについては、かなりの評価をした。
二十艘が湾に進入してきて、並んで錨を打つのに、たいした時がかからなかったのだ。
そして李俊の名を知っていて、三度名を確認すると、水軍の大将がこんなところまで来た理由を訊ねてきた。
「俺はもう、水軍の大将ではないのだよ。 大将は、張朔さ。
年寄りは、どこかで徒花を咲かせるだけだな。咲けばいいのだが」
「この間も、張朔殿と酒を飲みましたよ。夕刻に入ってきて、夜明けに出航したのですよ。
親父が、長く生きすぎたことを悔やんで、とても困っている、と言っていました。 親父とは、李俊様のことです。 この島に来て貰えるとは、思ってもいませんでしたよ」
「見た通り、いつ死んでもおかしくない、老いぼれさ」
「張朔殿はいつも、李俊様を親父と呼んでいますよ。
あの張朔殿が親父と呼ぶのだから、どんな人だろうと、俺はよく考えました」
「老いぼれで、 悪かった」
「いえ、よかった。 荒いだけの男は、いくらでもいます。まるで、そんなのではないな。俺は、李俊様に会えて、嬉しいです」
親父か、と李俊は思った。
なにか、胸を衝いてくるものがある。
「張朔が伜か」
呟くと、島の長は、穏やかに笑って頷いた。
この島は、規模の大きい補給基地だった。
時化た時に逃げこむだけのところも、航路図にはいくつも書きこまれている。
「上陸されませんか、李俊様。将校の方々のために、床のある小屋を作ってあります」
「いいな。馴れていても、船はじわじわと躰を疲れさせる」
小舟に乗り移った。
二十艘もの船隊で、広い海を航走り回っても、探れるのはわずかな海域だった。
常時、二艘を出し、島伝いの航路の周辺から眼を離さないようにしている方が、韓世忠の船隊を発見できる可能性は大きかった。
「いつも払っているものを、払う」
「李俊様から、礼をいただきたくはない。そんな気がしますが」
男が、李俊を見つめてくる。
「わかりました。いつも頂戴しているだけ、受け取らせていただきます」
男の言葉遣いは、どこか丁寧すぎるような気がした。
しかし、意味はしっかり伝わってくる。
浜から、さらに木立の中に入っ ところに、四つの小屋が並んでいた。
高い床の小屋がひとつと、地に藁を編んだものを敷いた小屋が三つだった。
雨露をしのぐには、充分である。
「霍洋航路図を、俺の小屋の壁に張れ」
航路図 には、大きなものから小さなものまである。
大きなものを離れて眺めていると、いままで見えなかったものが見えたりするのだ。
将校用 の小屋の一角だけ仕切られていて、 そこが李俊の寝床だった。
沓を脱いで入るようになっている。
霍洋が、航路図を持ってきて、壁に張った。
従者は、兵の中から一名選んである。
長く従者をしていた浦は、結局、水の上の暮らしに馴れることがなかった。
仙浦という名になり、いまは甘蔗園にいる。
李俊は、航路図に線を三本引いた。
二艘の偵察隊を、三つ出す。
その隊は交戦することはなく、できるかぎり敵に見つからないように、航路だけを読んで戻ってくる。
「いいな、霍洋。まず情報だけだ。補給地にも寄って、漁師たちにも訊いてくる。それを徹底させろ」
大型船が、また燃やされていた。
交易品を満載した船が、三艘沈められたことになる。
三艘目には護衛の中型船が十五艘ついていたが、徹底した鷗焰の攻撃を受け、手の施しようがなくなり、燃えた。
大型船を燃やすことだけを考えた攻撃なら、難しくはなかった。
護衛を振り切って大型船に近づき、鷗焰を撃ちこみ続ける。
交戦の意図はないので、護衛の船からは、ただ逃げることだけを考えればいい。
韓世忠は、なりふり構わなくなっている。
交易船を鹵獲して、交易品を奪うことすら考えていないのだ。
二艘が三組、出航していった。
李俊は、 木立の中の小屋で、何日も航路図を見続けた。
少しずつ、情報が集まってくる。
遠い洋上の船隊。
帆を遣っている船隊。
はじめ情報は錯綜し、ただ船隊がいたということしかわからなかったが、その中でも少しずつ傾向が見えてきた。
「どう思う?」
霍洋を呼んだ。
「まだ、はっきりはわかりませんが」
霍洋が、航路図に大きな円を描いた。
かなり広い海域になるが、方向だけは絞られている。
いまいる島より北の海域で、補給地のある島が二つ入っているが、ほかに七つの島がある。
李俊が考えていることと、ほぼ重なっていた。
「六艘を、すべてこの海域にむけろ。交戦はせず、追われたら逃げる。 少しずつ、この海域を絞りこんでいこう」
「俺も、出ていいでしょうか?」
「そろそろ、いいかな。俺が出たいところだが」
「総帥には、ここにいていただかなければ」
呼ぶなと言っても、霍洋は李俊を総帥と頑なに呼ぶ。
「偵察隊を、無駄のないように動かせ。海域のすべてを、眼で撫でろ」
霍洋が、出動していった。
(…この続きは本書にてどうぞ)