岳飛伝 二
  飛流の章

淮水で金軍の兀朮が岳家軍と、ほぼ同時に撻懶が梁山泊軍と交戦するが、それぞれ退く形で一旦収束する。
兀朮は楊令の遺児・胡土児を養子に迎え、南宋の宰相に復帰した秦桧は漢土の統一を目指し奔走する。
一方、梁山泊の新頭領・呉用からの命令は相変わらず届かず、新体制下の模索が続いていた。
子午山では妻・公淑の死を想い、王進は岩の上に座す――。
静かに時は満ち、戦端の火蓋が切られる、第二巻。

飛流の章 目次
 地傑の光
 孤竜の宙
 安撫の火
 九転の風
 護国の火
  地傑の光

山間を抜けると、平地が拡がっていた。
潼関まで、河水は北から南へ流れているが、そこからいきなり西から東へという方向になる。
平坦な場所に出ると、宣凱は馬を駈けさせた。
ついているのは、ほかに五騎である。
賊徒の多い地域だが、六騎で、しかも五騎が武装した兵なら、まず襲われることはないだろう、と判断した。
山中では、賊徒らしい集団を、遠くに見かけたことが二度あった。
平地に出てきてからは、まだない。
宣凱は、低く呻きをあげた。
河水が、知っている河水ではなくなった。
流れが徐々に変わっていて、やがてまるで違う場所を流れるようになったのだ。
このあたりは、見わたすかぎり水浸しになったのだという。
洪水は下流に行くにしたがって大規模になり、梁山泊のかなりの部分も押し流した。
そして、いくつもの巨大な水溜りが残った、という話だった。
その水をまとめて海に流すことで、梁山泊を浸し続けていた水も、ようやく掃けたのだ。
しかし流れは、別の河のように変わった。
本賽からの、緊急の召喚だった。
緊急と言われたわけではないが、召喚などこのところなかったことなので、宣凱はひたすら急いでいた。
西域からの荷が、沙谷津を通って、龍門の近くまで河水の流れに乗ってくる。
そこで一度物資を集積し、商人たちに売る。
なにも危険のない仕事だったが、宣凱は懸命にやった。
怪我で不自由になった脚では、戦に出ることはできず、自分が役に立つのはそれくらいしかない、と思い定めたのだ。
もともとの河水の流れが失われ、梁山泊を中心にした物流というのもが、難しくなった。
河水が失われたことは、ほとんど信じ難いほどの衝撃だったが、それならどうするかという発想に、宣凱の頭はすぐに切り替わった。
ただ、宣凱は指揮官の立場にはない。
考えたことを、孟康や曹正、そして時に呉用に言ってみただけである。
駈けながら、宣凱は交易の道について考えていた。
王貴が、河水と漢水を繋ぐ道を拓いたという。
山地の異動になるが、沙谷津から梁山泊への輸送路よりも、ずっと距離は短い。
西遼から上青の館がある湖のそばに行くまでも、険しい岩ばかりの山地を越えなければならないが、それに較べてもずっと楽だという。
宣凱は実際に、西域の旅で、岩山を越える商隊を見たが、実に巧みに荷車を動かして岩山を移動する。
河水と漢水を繋ぐということは河水と長江を繋ぐということだった。
そんなことを考えた人間は、いままで誰もいない。
いま、かつて陶宗旺の部下であった工兵隊が、四十名で再探査をしている。
荷車が通れないところは、拡幅することもやるはずだった。
中型の輸送船も、漢水に入ってきているだろう。
すぐにでも、西域からの物資は京兆府以外の、広域な地域に運べるはずだった。
逆に長江、漢水を遡り、山越えをして河水を遡るための物資があるかどうかが問題で、それについて本賽に呼ばれているのだろう、と宣凱は考えていた。

(…この続きは本書にてどうぞ)
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