杖下に死す 

米不足が深刻化する商都・大阪。
江戸からやってきた剣豪、光武俊之は、この地でひとりの友を得る。
私塾「洗心洞」を主宰する大塩平八郎の息子、格之助。
救民を掲げて先鋭化する大塩一党、背後に見え隠れする幕閣内の政争。
時代の奔流はふたりの男を飲みこみ、いままさに幕末への扉を開こうとしている!


<文庫本>2006/09/10 初版発行

雷鳴

三人とも、身なりは武士だった。
しかし、役人という感じではない。
盗賊でもなさそうだ。
「道をあけてくれ」
光武利之は、静かに言った。
暗闇の中である。
おまけに龕燈をひとつこちらにみけているので、三人の陰ばかり見える。
「どこへ行く?」
「大阪へ」
「どこから来た?」
「京」
伏見街道である。
夜でも人通りがありそうだが、ここまで人影を見かけることは。
龕燈を持った男が、さらに近ずいてきた。
「京のどこから?」
「京は、通り過ぎただけだ。江戸から、中仙道を旅してきた」
「なぜ、はじめからそう言わん」
「京から来た、とも言えるからな。それより、夜中に街道を塞ぐとは、剣呑なことだな。なにかあったのか?」
三人とも、まだ若いようだった。
「どこの家中だ?」
「ものの訊き方を知らんな。道をあけろ」
「この近辺の村に押し入って、わずかに残った米を奪った者がいる。三日続けてだ。その審議をしている」
「伏見奉行所の同心かな?」
「いや、村の困窮を見かねて、街道を見張ることにした。奪った米は、大阪で売られている気配なのでな」
「奉行所の、役人ですらないのか。なんの権限もなく、街道を塞いでいることになるな。権限がないゆえに、夜中しかできんか。野盗と同じではないか」
「なんだと。聞き捨てならん」
「ならばどうする。俺が、どこかに米でも持っているように見えるかね。俺はただ、ちょっとばかり急ごうという気分になって、夜中の街道を歩いているだけだぜ」
「名乗れ。そして野盗という言葉を取り消せ」
「両方とも、いやだな」

(…この続きは本書にてどうぞ)

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