数年前まで共に芸能プロを経営し、多額の借金を押し付けて消えた旧友大倉。
彼からの突然の電話に、金を用意して会いに行った俺は、彼が何者かに狙われていることを知る。
・・・・やつを見殺しにはできない。
俺には借りがある。
裏切った友と俺を繋ぐ鎖、それは・・・・。
戦いに挑む男の心の淵を描くハードボイルド傑作長編。


<文庫本>2005/07/10 初版発行

第一章

屍体が四つ、転がっている。
五つ目の屍体を、私は待っていた。
羽虫。
窓を開け放ってあるので、電灯のまわりには何匹も集まっている。
テーブルに降りてくるやつは、運が悪いのだ。
電話が鳴った。
受話器を、左手で探った。
「わかった」
私はテーブルから眼を離さなかった。
「三十分で、そっちへ行けると思う」
羽虫が一匹、テーブルに降りてきた。
わかった、私はもう一度言った。
むこうが、さきに切った。
私は受話器を戻さなかった。
右手に握ったままのライターを、そっとテーブルに近づける。
親指で蓋を撥ね上げ、点火した。
飛び立とうとした羽虫が、羽を焼かれて無様に転がった。
五つの羽虫の屍体を、私はテーブルから払い落とした。
Tシャツの上にブルゾンを着こむ。
夜はもう肌寒いくらいの季節だった。
「誰か来るの?電話が鳴ってたみたいだけど」
バスローブで躰を包んだ映子が入ってきた。
長い髪からは雫が落ちている。
客が好きな女だ。
いや、私と一緒に客を迎えることを喜んでいるのか。
「出かける。先に寝ててくれ」
九時を回ったところだ。
映子が電灯のまわりの羽虫を見て網戸を閉める。
煙草をくわえた。
ライターの炎の大きさを、親指の爪で調節する。
虫を焼くために、ガスを全開にしていたのだ。
「飲むんなら、連れてってよ」
「仕事だ。テレビでも観てろよ」
テーブルの封筒をポケットに突っ込み、車の鍵を摑んだ。
映子は見送ってこようとしない。
デッキシューズを履き、外に出た。

(…この続きは本書にてどうぞ)

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