冬の眠り 

画家仲木は傷害致死罪で三年間服役し、山中で創作の日々を送っていた。
ある日女子大生暁子が訪れる。
孤独な心に命への情動が甦り仲木はその裸体を描き、抱く。
そこに青年大下が現れ、三人の奇妙な関係は死の予感を孕んで凄絶に展開されていく。
表現者の悲しみと狂気を冷徹に見据えた異端のハードボイルド。


<文庫本>2004/05/10 初版発行

第一章 客

色が、妙に浮き出していた。
毎日、私はそれを感じた。
窓から外を眺めるたびに、山の小径を走るたびに、私はそれを感じ、何日も変わることがないのだった。
それが、秋の色だということはわかっていた。
あとひと月で、その色は消えてしまい、浮き出すというより突き刺さってくるような冬の色になるはずだ。
それでも私は、秋の色に馴染めずにいた。
特に晴れた日の夕方、いっぱいに陽光を受けた落葉松林などを見ると、行先のない場所に踏み迷ったような、手がかりのない不安感に包まれてしまうのだ。
それは硬質の滑らかなガラスのようなものに爪を立てる手がかりのなさというより、虚空を摑む感じに似ていた。
こんなものが現実の色であるわけがない、と私は何度も自分に言い聞かせた。
しかし現実なのだ。
斜めになった光線が作る色であり、生きた樹木の冬の眠りの前の色であり、山を包む紛れもない季節の色なのだった。
秋の色を、これほど大量に見るのは、久しぶりなのだ。
朝夕の肌寒さとか、空の色とか、花壇の様子などで、この三年秋を感じ続けていた。
私は、いつもの峠まで走りきると、三分ほどストレッチをして小屋へ戻る径を駆け降りて行った。
上りに十五分、下りに十分ほどかけて走る。
はじめは休み休み走り、一時間半もかかったところだ。
距離をこれ以上のばそうとは思わなかったし、時間を短縮するつもりもなかった。
この四日ばかり、全く同じペースで走っている。
いつもできるかぎり、足もとだけを見るようにして走った。
秋の色に自分の躰が包まれていることはわかっているが、土の色を見ているといくらか落ち着くのだ。
土の色は、季節で変わることもない。
小屋の前で、もう一度ストレッチをし、鍵のかけていない玄関から中に入った。
小屋とは、持主がそう呼んでいるだけで、なかなかの建物だった。
特に浴槽は大きく、大人三人が楽に入れそうだ。
温泉で、栓をひねると湯が出てくる。

(…この続きは本書にてどうぞ)

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